March 12, 2013

昨日から続き、メモします。
震災関係のリンクも入ってますが、その中の個人的に気に留めておくべき発言をメモしておきたいので他の、普通に話題になっているのは後回しにさせてください。


◇◇◇

確かにこのツイートは、NHK広報の公式アカウントが行ったものだ。しかし、つぶやかれたのは1年前の2012年3月10日である。ツイート自体は過去のものではあるが、内容があまりにも衝撃的だったため、再び注目され、Twitterユーザーを中心に再び拡散を始めている。

この前の「東北へ行ってこい」のやつはブックマークしていない。NHKのアカウントに問題があるからというより、誰に向けて何を発言したかったのかがわからないというか、「ただの意見なら別に公式でやらなくてもいいのでは…」って感じで。でもこの話は知らなかったし、まずいと思う。一年経っても同じ人を採用していたってことなのか…?。

天災では変わらない国
コメント欄です。
坂元智広
筆者には申し訳ないのだが変わってないのはあなた自身では?「あなたも」かな?
先ずあなたがどう変わったかを教えてほしい。
その上で『自分は「これだけ変わったのに」世の中は変わっているように見えない』は聞ける話だが自らは変わってないのに『何で世の中は変わらないんだ』は無いと思う。
それを例示できないのであれば誰かが言ったようにこの記事は読書感想文と同じレベルだと思います。特選どころか入選も難しいでしょう。
…。
テレビを見ていると、「本当に、忘れちゃいけないんだと思います。」「みなさんも現状を確認していただければと」という発言を聞くけど、自分はそれを聞くたび、「他人がこうした被災の状況を知り変化するのを期待している」のはわかるが、「いまだ視聴者の中には情報が届いていない」とする背景も多少感じてしまう。

俺は結局、自身があまり変わらなかったように思う。
変わったのを示せるのは行動だけだと思う。自身に対して。


◇◇◇

メカAGの記事を読み直し始めたが、それとは別のブログでこんなのを見かけた。一部ずつ抜粋する。

ネットは今のままでいいよ
ネットは虚構

 ネットというのは虚構の世界だ。溢れ返る情報たちも、実存が在るのか無いのか分からない。嘘を嘘と~という名言もある。

 この文章がBOTによる自動生成である可能性があることは、誰も否定し得ない。プログラムなんかの難しい事は分からないが、NASAみたいなすごい機関が完璧な人工知能を開発して、ネット上で一つの人格を構築する事はありえることのように思える。*1

 そうなると、ネット上で交換される文字や画像や映像なんかは、結局全てが虚構になりえるのだから、そこに実存としての価値はない。

 それどころか、現実世界にしっかり組み込まれている情報たちだって、結局は実存の証明にはなりえない。
この段落は正直どうでもいい。反論するだけ無駄な思う。
後半の段落のほう。

誹謗中傷問題

 誹謗中傷はいけないかもしれないが、何をどうしたって無くならないに決まっている。人間どこかで対立するものだ。心無い中傷と心のこもった批判というのは発信者側の気持ちの問題であって、受け手によっては全てが誹謗中傷になり得る。だとしたら、"誹謗中傷"を無くすためには、会話をやめるしか無いということになる。全ての人間がまともな会話をできる脳味噌を持つようになるよりは、会話そのものを放棄する方が圧倒的に現実的だ。
それだけだとネットには誰もいなくなるかもしれないんじゃないのか。

メカAGも似たような事を言っていた気がする。
ただそれは、「話にならない」と思ったら会話を切りやめて他の人に話しかけたほうが効率的だ、とするもので、けどメカAGは自分の元から去った人間は、やれ議論の耐性がないから云々の(メカAGにとっての理論の)叩き台にしている。俺には匿名文化を保持するための方便に過ぎないように見える。それが根底にあるからそんなことが言える。

匿名の、特に古い連中の中にはそういう考えが根底にあるということを陽の目に当たる場所で逃げられない議論をさせそれをネットと現実の両方で共有するのが好ましいと思う。無論、実名推進の中にも危険な言い分は存在すると思う。

実名推進派がいてもいなくても、記事の中で言う、「全ての人間がまともな会話をできる脳味噌を持つようになるよりは、会話そのものを放棄する方が圧倒的に現実的」というのは極論の中でも匿名派にとっては言い分としては成り立たないと思う。メカAGの場合は、少し違うように見えるが…。

お前たちのようなものが、「相手に会話を放棄させるような態度を強要」しておきながら。これはそのための方便ではないか。違うのか。

匿名での誹謗中傷を減らすという目的のために、実名情報発信を推奨する運動が行われる事がありますが、そのような状況でそれを行っても、当初の目的は達成出来ないのではないでしょうか? 「誹謗中傷を減らす」という目的に対する回答は「実名発言」だけなのでしょうか?
 
 実名を採用するということが、会話を放棄することに繋がるのは自明だ。

 実名を晒すリスクを考えれば、誰だかよく分からない人間に話しかけるなんて自殺行為に等しい。親切心から諭したつもりでいても、相手が逆恨みしてくることなんてのはままあることだ。大阪で小学生に声かけしたら不審者扱いってのがあったが、それがそのまんまネット上で再現されるだけである。
斜体部分は記事中で引用されている文章です。

この段落のあとで主の本題のようですが、
 そして、みんな馬鹿らしくなってネットに参加することをやめるだろう。ネットは、今のテレビと同じように、声がでかいだけの人間がのさばる、つまらないメディアとなる。

 既存メディアと一部の"ネット識者"はそれで喜ぶのかもしれないが、現ネットユーザーとしてはいい迷惑だ。

 つまらないメディア様になるくらいなら、ネットは周辺メディアのままでいい。
「声がでかいだけの人間」なら匿名でも一緒で、そんな「実名で声がでかいだけの人間」がのさばるくらいなら、その実名者も批判を受けるだけの立地にいるから問題ないと思う。

匿名か実名かなんてどちらかそれを望んでる人たちが多数派になるかどうかの問題なのかもしれない。

だがひとつ言えるのは、匿名を支持するこの主にしても、匿名であるがゆえに「匿名を嫌う者を排除する」言い分で実名に抗弁している。これじゃあ、「そんな世界が嫌なら会話そのものを放棄したほうがいい」というさっきの話と同じになってしまう。だから今のネットは、SNSとか、匿名の世界、実名の世界みたいに違う空間がサービスとして登場している。

"虚構の世界で実名を出す方がどうかしている"というのが匿名派の見解だし、学校教育でもそれをしっかり教えていくべきだというのは大方の合意を得られている事じゃないだろうか。

厳密に言えば、実名を出したから匿名相手の議論に対する姿勢や状態もコントロールできるわけではないし、かといって、ネットに何かを書き込む以上は匿名でい続けられるというのも難しい。


それに多くの場合、社会的地位がどうとかいう背景はあまり関係ないように思う。弱者であるという言い分よりも、匿名が弱者にとって唯一の手段であるというよりも、実名になれば一貫した人間像やそれまでのロジックを元に評価されなくてはいけなくなるから、それが怖いんだと思う。

彼らは、「実名をバラされると話の中での矛盾で一旦馬鹿にされれば社会的身分まで馬鹿にされる」つもりでもいるんだと思う。現実は、社会的身分や学歴が低かろうが高かろうが、その話の中でのロジックからある程度人格や人間像が示されると思う。

このへんはまたまとめます。考えはもうメモしてあるんだけど…。


◇◇◇

映画のシナリオと原作小説の間について考えてみた
しかし、そこまで突き詰めないと、主人公や大衆を嘲笑するような、魅力的で天才的な犯罪者なんてものは作れないのである。天才と作者がいっているから天才なのだろうが、言っているもやっていることも凡庸なショボいキャラが威張り散らしているだけのザンネンな映画が出来てしまうのだ。
chimumu

二面性のある悪役は、世界征服のためにやっていることはすごいのに、主人公を追い詰めた瞬間にもう一つの顔が出てきてどうたらこうたら…でショボイ気がすると思うのはなぜだ。悪役が追い詰められた時も同じ。一応そういう顔してる時も目的や計算しててやってるんだろうけど、絵的にはお約束という感じで。

どこまでも冷静な犯罪者とか、自分のやっていることに律儀な悪役とか、能力の限界をわかってても最後まで諦めない悪役とか、やっぱり現実にいるとやべーしフィクションとしても面白く無いからからあんまり使われないのか的な。

チュートリアル突破率って上がれば良いってもんじゃないだろ
コメント欄です。
68式
より簡単なルールを求めて、いまやボタンを押すだけのゲームになったのがソーシャルゲーム。

カード収集が目的のゲームでは、ゲームはおまけであり簡単な方がいい。
カードの能力を評価する為に存在するのが、ゲーム本体のルール。

ゲームより、作業に近い。 
誰がやっても結果は変わらない。
お金をどれだけ使ったかで、集めるカードの種類が増える。

現状はこんな感じですが、後、数年でまた変わると思います。
まあそうなんですが、ゲームって、昔も「みんな上手くプレイできるようになったらボタンを押すだけと変わらない」感じのものでもあったんじゃないかっていう。

で、じゃあ「いかに少ないボタン操作でも演出で楽しめるか」とか、
そういうのは別にソシャゲでなくともこれまでのゲームにパチンコやスロット、娯楽性のあるものは大体取り入れてると思うんです。

だから、ソシャゲがやってるのはちょと違うんじゃねーのと。
そういうゲームが好きな人間を選別しているというか、ゲームをプレイしている人の嗜好を変化させて間取りを変えながらプレイ継続を狙ってるっていうか。


◇◇◇


被災地で芽吹く新たなソーシャルビジネス。カフェ「かぎかっこ」の事業モデルが面白い
コメント欄です。
68式
ボランティアだから成立する・
これは、このままボランティアの形式にしておくのがいいと思います。

 将来がある高校生のみなさんは、ここで学んだ事は経験として活かすと良いと思います。
「喫茶店経営」を考えるのは、一般社会に出て資金を稼いでからでも遅くありません。
ご当地の高校生レストランとか聞きますが、あれは確か料理学校だったかなあ。

 
soramimio
事業は素晴らしいと思います。地域に根ざす事でコミュニティの輪を広げるきっかけに成り得ると思います。

しかし、ビジネスモデルとするのは考えものだとも思います。喫茶店だけが経営ではありません。例えば工業高校生が喫茶店経営に携わるとなると本来学ぶべき事がブレるのではないのでしょうか?あくまで「学園祭ノリ」に留め置くべきではないかと考えます。

もう一つ、記事の内容が今ひとつ上から目線に思えたのですが、「高校生の生の声」が書かれていないことが原因ではないでしょうか?せっかく現地へ行かれたのであれば、日本財団の方ではなく、主役である高校生の声を届けるべきだと感じました。

soramimio
正直、記事の内容に関して、特にビジネスモデル云々に関してはHPを見ただけでも書けるのではないかと思いました。
現地でインタビューをせず事業内容を自らのブログで宣伝するだけなのであれば、視察とはいえ何の為に被災地へ向かったのだろうと考えこんでしまいます。

内容自体は被災地の良い話なので気にせずスルーすればよいのですが、どうしても気になってしまうのは心の奥底でイケダハヤト師と同類なのではないかと危惧している証拠なのかもしれません…。気をつけなければ。
ボランティアか、ビジネスかっていうのは、目指してるものが違うのではないかというのは確かにそうなんじゃないか。



寝ます…なんとか次のメモ用の記事を取って行きたいです。
311ご冥福をお祈りします…
自分でもどうしたらいいかわからないかもしれません。

時間が欲しい、と思っていた時期があったけど、
本当は時間なんてもうねえんだ、とか
そういうことを気にするのは誰のためなのかとか、
あやふやなまま一年を過ごした感じです。

明日はBLOGOS記事をいくつかピックアップしていきます。
インターネットのPVに関する話に一言。 


(03:53)

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この記事へのコメント

2. Posted by jelly gamat gold g   September 10, 2016 13:29
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1. Posted by cheap jordans   September 08, 2014 03:01
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