November 10, 2012

気にはしておこうかと。

【画像】売春宿とスポンサー契約し論議 / ギリシャ

広告と判別しづらい手法での出会い系サイト誘導を禁止します

ライブドアブログの運営のニュースはここ半年くらい覗いてないのでそろそろ見ておいたほうがいいかな。今のところ編集に支障があるのはページの切り替えの更新がうまくいかないのと、記事の中で動画はどのくらいの数まで適切に動くかくらいっすね。

そういえば三重県のニュースで

人為的ミスの可能性 三岐鉄道脱線

鈴鹿サーキットで会社員が事故死…練習走行中

どちらも今年に入って一度っきりの事故ではないらしい。小耳に挟んだということで。


◇◇


大人の価値観では子どもは救われない

子供に「いじめからは逃げろ」って、どこへ?

いじめ。陰湿、もしくは肉体的、長期的、集団的、そういった関係で成り立つもの。いや、いじめの話題というのはなぜこれほど大人の関心を呼ぶのか、気になっているのはそこなんだ。

学校関係者にとっては生徒が見えている範囲でならいじめはどこまで認知できるのか、とかそういう話はだいぶされている。大人の世界にもいじめはある。というが、すべてが公的なものではないだろう。そういったものは法律で裁くどころか両者の間や、極論すると流血沙汰に行き着くところまで行くのかもしれない。お金のやり取りでかいけつするとか、被害者も加害者も顔を合わせずに済むように取り計らうことで一時の清算にする、という方法もある。

ただ、いじめのリスク(被害者も加害者も)というのは顔を合わせずにいられないということだな。面が割れる。だが面が割れずに加害対象に暴力や嫌がらせをふるう行為も考えられる。上の記事のコメント欄の意見者然り、彼らにとって陰湿とはそのようなものを指すのだろうか。

陰湿というのは目に見えにくい。だが、職場や学校であればどれだけ陰湿であろうと、顔を合わせる機会が少なかろうと、その組織の中の人間を特定できないことはないだろう。そうすると、結局「あの学校はいじめが行われる陰湿な所なんだぜ」と言われるのが恐ろしい組織というのは、それ自体が自分たちの普段の有り様に問題があると言っているようなものではないだろうか。まあ、そんな話をしてもいじめはどこでも起きる、と言ってるんだからどうにもならないが。

◇◇◇

それよりもネットでの学問系の掲示板の陰湿なやり取りには反吐が出る。どういう人間が書き込んでいるにしろ、相手の「無知」を殊更あげつらい憎むくせに相手には何も与えない、あんな異常な書き込みを久しぶりに見ると反吐が出る。

大学のランク付けをしているのも社会人から見ればガキのお遊びだろう。それで何を得たか、彼らが議論し合っているのを見たか?。それとも掃き溜めの掲示板だからと彼らはまともな学生ではないから関係ないとでも?。

ネットが見せているのは一部かもしれない。だが悲惨にしているのは彼ら自身だと思う。

◇◇◇

数カ月前のNHKの番組取材の中でも言ってたが、被害者はかわいそうだから番組を作って対応するが、だが加害者を責めるのは…ということか。罰することができない、なので認知したくない、これから先もそんな人間たちに教育を任せるのか…。

◇◇◇

いじめ問題を三段階にわける。
一つはいじめられた経緯を人に話すこともできず、沈んだまま人生を終えること。二つは、それを打ち明けることで周囲の理解と助勢を得られ、問題を見つめるきっかけを今後に渡って共有すること。三つは、打ち明けたはいいが、世間の反応はただありのままにいじめを現象としか捉えておらず、いつもの反応で頷くばかりで、本音のところでは曖昧なまま根本的に見つめていないこと。

この一つ目と二つ目は日本以外の国でも起こりうると思うのだが、三つ目こそが今抱えている問題なのではないかと思う。だが無理だろう。解決という概念を、国民が、国民を通してメディアを介して全員で一致団結して認識していないと駄目だという考え自体が、この二十数年から変わっていないのではないのか。これは教育の問題ではない。保護者である大人と子どもの問題でもない。人間らしい生き方の問題だ。発信者の問題だ。問題の声を聞く受信者の質や数ではない。

というかそう思っていたら、Togetterでと俺と同じような意見が出ていた。

◇◇◇

では心の底から人を見下し、人を手駒にしようとする奴は?。
「ジョジョの奇妙な冒険」のディオのような人間と出会ったら?。
そういう奴と戦わずに逃げる方法がなく、身近にいてしまったら?。
おとなしく配下になるか、媚びへつらって生きるか?。
だが彼のような人物は結局は人間をやめてしまったではないか。

◇◇◇

いつ話そうか、しどろもどろ中だが学校生活で思い出した。

学校や先生は嫌いではなかった。

しかし。勉強するのはなぜ、と親に聞いても大した返答は聞けないし、学校の先生の中にも俺を「たまにぼーっとしている子」だと見抜いてる人はいて、正直今の姿の自分を見せれば単にぼけーっとしたいからしてた、そういう人間。

もし学校に行く理由を上げるなら、同世代の人間の世間に対する意見が聞けるのが大きいな。ただまあ、将来的にここで勉強するのが当たり前だという親の価値観が気に食わなかったことや、生来怠け癖もあって学校での勉強は身につくようなものではない、効率は悪いと思っていた。
学校では「できないこと」を科学するという決まりはないらしい。やりたければ自分でやれと。真面目な話、ちゃんと勉強するのなら個人が一教科の中で取りこぼしのないように決められた時間割なんかせずに勉強したほうがはるかに効率がいい。単に学校の生徒たちと「なぁなぁ」したければ他に機会はあるのではないか。

とはいえ学校へ行かずにいれるのは、そんなことができるのは生活に余裕のある、人生後先考えてない奴の道楽と言われても仕方がない。だからといって、そうなんだくらいしか思わない。それよりもいつになったら勉強は終わるのか、ということのほうが当時の自分にとって目先気にしていた。

まあ、言いたいことはそのぐらいにします。

◇◇◇

いじめはともかく、学力について言えばいい思い出がないな。

そんな状態で学校という、先生に聞いても人に聞いても授業を受けるにしても限られた学習の中で、自分のその脳みそを信用できない以上、誰を信用すればいいのかわからない。努力というのはちゃんと機能している時だけ信用できるから言葉としては使いものにならない。
まあそんなだから家では勉強より遊んだりしているほうが長い人間だったのさ的な。

自分は別にバカにされようが、それが道徳的範囲の中で不遜な態度につながる場合は無知を恥じるが、無知というものを人に押し付けたりバカにすることはない。ネットを見てても比較的頭のいい人の発言の中にもそれを笑う人間がいるのを見ると、本当に人間は賢さと学力や頭のよさは違うものだと思える。

そういう輩はいずれ化物扱いされて現実にもネットにもどこにも居場所を無くすと思うがな、ともかく連中のような人間がそう簡単に教鞭を執るとは思えんが、そうした連中がいつまで人を馬鹿にし続けていられるのか、それをなくすには新しい例が必要だろう。まあ俺はそいつらから見てただの小心者だがな。
いや彼らの背後にある人間の悪辣さといったものを追わずにいられんのでな。

◇◇◇

自分のクラスは…一年、二年通して個性的というか、成績は二の次だがあまり先生が口出ししなくてもやっていける自主性を自称しているクラスだったな。だから「自分の意志で学校へ行かなくなった」ような人間が出てしまったあとのあのクラスはどうだったのか。気になるがしょうがない。

人間は自分の意志で狂うことが出来るというのも見せつけたかったのかもしれないな。理由なぞないと。それでもこうやって今平穏を保っていられるのだから、今度はおまえらの番だぞ、そう言いたいのかもな。

だから「いじめ」より遥かに自分は重いものを背負ってる気がするんだよ。一応学校否定者なんだもん。行きたかねえ、勉強したくねえ、そういう人間をどうするかということのほうが問題だろう。

俺には自分のやりたいことが見つかっている。だが、中退してるような人間たちがどの程度まで自分の進む道を見つけているか、それが気になる。学校はあくまで過程でしかない。それでも苦痛だった。何が苦痛だったのかを科学するにはそういう人間の声が必要なんだ。

学校にいて、わざわざいじめをする側される側にくらいしかやることが見つからないのなら、もはや教える側と教えられる側という考え方から変えたほうがいいと思うよ。

◇◇◇

自分は自殺するようなタマではない。これだけは言っておく。
だが随分と無駄な時間を過ごしてしまったのは腹に積もる。
だから言いたい。

学校以外に学ぶことはある。
教育者でもない限り、よほど生活に困ってない限り今の時代にゃネットなり遠隔通信する手段がある。
もう顔合わせるためにわざわざ学校出向く必要はねえんだ。
教育の理念は受け継がれるだけど、絶対にあの場所で、なんてことはない。
あとは教員の意見を聞いてみないとわからないが・・・。

◇◇◇

そして認識が変わった原因の一つは確かに暴力事件だったのだが、それからしばらくして学校に通い続けたし半分そのことを忘れていた。むしろ自分がかように微力でも反撃“できる”ではなく“したい”人間であることを自身が自覚したといってよかった。…(たった一度だけども)暴力を経験しなければ、人を殴る理由を自ら見つける機会もそうない。それにいじめられたりパシられるくらいなら対等な関係を掴み取りたいと考える。

◇◇◇
 
小学生の頃も、中学生の頃も、担任の先生は「教師」というよりは「親」に近かったな。その親である先生に時々反発することもあるし、先生自身が子持ちだったりも多い。

そういえば小学生の頃、俺はどんな時代を過ごしたんだっけ。

確か学級委員もやったし、図書室の整理もやったな。いろんな係があって、一年生の学年に朝の本の朗読をしにいったこともあった。

学校というのは当然学年によってクラスがわけられているから色んな歳の子がいる。中学校だと3年生までだから部活も、学校生活も短い期間に濃密に記憶していることが多いのかもしれない。高校あたりだと地元から離れていることもあるし電車通勤も当たり前になってくるから余程のことがない限りそれまでの人間関係も疎遠になるかもしれない。

さて話を戻そうか。

学校生活はどんなだったか。確か、掃除には班があって、1年から6年生まで最低一人ずつは組み込まれていたな。ああそうそう、3~4年になってからジャージ制から私服登校可になった。ジャージは運動会や行事の日に着用推奨で、ランドセルだけでなく市販のカバンでも手提げ袋でも認可されることとなった。

学校生活の話をするかのう。

まず黒板ははっきり言って目に悪い。ただでさえ視力が悪化していく時期だったのに、あまりの見えにくさに勉強が捗らなかった時もあるくらいだ。勉強机の直覚的な姿勢(机の角度)もはっきり言って長時間拘束しているようなものだ。まあ自分が在校中に耐震化工事が小学校・中学校あわせて着工されたのも大きな変化だな。

エアコンはないし扇風機もないが、暑いという気持ちを生徒も先生も共有しているというのは不思議なもんだよ。職員室は涼しいけどな!。プリントを渡すついでにお茶を飲みに行く事もあった。

保健室の先生は割りと穏やかな人が多いな。保健の係もそれがわかって行ってる子が多いし。あれだ。教育に直接関わるというわけではないからか、一歩身を置いてるのかもしれん。

学校の玄関のとなりが一年生の教室で、外には花壇が植えてある。これを世話しているのがたしか1~2年だったと思うが、ちゃんと目に見える場所というのが素晴らしい。池に鯉がいて餌をたまにやっている生徒や眺めることもあった。

5~6年になると何が変わるのだろうという気になるが、6年は卒業も視野に入れた行事への参加を任されるものの、機会があると下の学年と運動場のアスレチックで遊んだりすることはあった。

職員室の配置というのはグラウンドを見渡すことができ、給食室のおばちゃんは〇〇のお母さんだったりすることもあるわけで、そうした体制は基本的に教育の中に入っているのだと思う。

そういえば道徳の時間はいつ組み込まれたのだろう。3~4年の頃か?。放課後近くのインターバルみたいなもんだな。道徳で教えるものがない時はこういう、「何もしない時間」を大切にするべきで、先生を休めることとか、自主性も必要なんだと思うぜ。「やりたいものがない」と言える人間も必要だってことだよ。

学校教育は主体性を教えるようにはできていない。自主性を尊重すればするほど、個人の意志の範疇に委ねられる。彼らは勉強の基本を教えているだけ。だから効率を求めるのはお門違なのかもしれない。
だが俺は思う。効率とはなんぞやと。

◇◇◇

ほめぞうはもともとその学校のある町に住んでいたわけではないが、幼稚園に入るまでには移り住んでいる。

小学校時代、低学年の頃ションベンかウンコを教室のド真ん中で漏らしたそうだ。親に聞いた話では、喘息とアトピー・アレルギー性鼻炎も患ってて、マスクを常時付けていたのでマスクマンなんて呼ばれてたそうだ。鼻水ズルズルなのは高学年になっても続いてて鼻くそを処理するのに苦労したし、息苦しくて頭に血が回らなかったし、その鼻くそを持ちネタに他人にすり付けるとかバカもやった。ごめんなさい。

ああそういえば、「お前臭いぞ!」と言われて喧嘩別れした友達がいて、仲直りはしたけど、ちゃんと風呂に入ってなかった時期があったというか体質的にフケとかで見た目に気持ち悪くて、それで風呂に入ったり靴下を履くのが苦痛だったってのもある。ブリーフ派だったのも一理あるな。まあ中学校に上がるまでには一貫してトランクスを履くようになったわ。
あとズボンを下げてチンコ全開で小便してたわ。もちろん馬鹿にされたけど、そういう問題も一つ一つ先生に教えられたから今の自分がいるのかもしれない。

ちなみに中学校時代は剣道部員だったけどウンコ我慢できねえの隠さなかったし、トイレは学校ではなく隣の多目的体育館でやってたし、そこは胃腸の弱い親父とどこか通じるな。
いや、通じなくていいか。

未成年だけど家族公認でビール飲んでるの自慢してるやつもいたし、ちょっとした修学旅行中にタバコ吸ってるのを見られたからってその時の自分が学級委員やってたからといってチクらないでくれ見逃してくれと言われたり(どーせタバコ辞められるかなんて本人の問題だから先生に伝える気なかったし)、帰宅部の黄昏感は異常というか精神年齢的に少しだけ上のような感じがしたし(本人はそう装ってるつもりで通してるだろうし)、50円だけ金貸してくれというよくわからない奴(他の生徒にもしつこく言い寄ってたという話もある)もいたし、授業をボイコットするわけでもないが我道をいくという感じで我関せずという態度を取っていた女子もいたし、ただ、上の学年や下の学年の動向はあまり把握できないというか、実際は部活くらいでしかその実態がわからないというのが本音だな。

先生はそういう学年の違いによる思春期のこう、もどかしさじゃないけど微妙な距離を見てるから余計に中学校教師というのは大人社会の顔という圧迫感はあるのかもしれない。

◇◇◇

家の生活も思い出してみる。

母は自分が幼稚園に行くまでに文字の書き方を教えた。幼稚園ではウルトラマンのお面を作って遊んだり、JASマークを書いたり、子ども特有の鏡文字で氏名を書いて遊んでいた。

家では比較的家事の手伝いはしていたほうだが、兄弟はおらず、父の帰宅で休日に親戚の家に行くことが多かった。地区では公民館などを通じて子ども会などの催し物に参加し、地区の子どもと顔を合わせる機会があった。母はパートをやっており休日は世間で言う平日も多かったが、ドライブと称してデパートなどに連れ回さえる事が多かった。

子どもにとって親の買い物に付き合わされることほどしんどいというか、幾ら暇でもつまらないことこの上ない。逆に父は自分が欲しい物があれば車を出すような、そういう人だった。

ただ、俺は…都市と違い、平地で、畑一面で、隣の小学校から歩いて帰ってきて、ただ机に向かって勉強するかテレビを見るか漫画を見るかボールを蹴って遊ぶか、父は単身赴任、母はパート、ばあちゃんは畑、テレビで戦隊モノを見るか、レゴブロックで遊ぶか、プラモデルを作るか、友達の家を訪れるか、それより、死んだ爺さんに会いたかった。俺の部屋の隣の広間には遺影と仏壇があった。故人になるまで遊んでもらったその祖父の記憶は曖昧なのになぜか楽しい思い出で、いない人間の顔を見るたびに、自分がなぜ生きているのかわからなかった。
家で飼っていた老猫とその子猫だけが行き先を知っているような気がした。その老猫も行き先を告げずにいなくなったし、他の猫にもあまり世話してやれなかったのも悔やむ。

運動神経は悪い方じゃなかったぜ。
中学校の頃、身体測定でサッカー部員でもないのにリフティングでそれなりのスコア出したら生徒からよくやるな、と言われたことがあった。まあ帰宅してボールを一人壁に向かって練習してたのが役にたったな。ただ走るのと長期マラソンは微妙な順位だったし、バスケットはさっぱりだったな。あとは中学校の時に握力測定して50Kg出したよ。

懸垂は小学校の頃に休み時間なにもすることがないからひたすら休み時間いっぱいまで鉄棒にぶら下がってたこともあるくらいだよ。懸垂は体重が増えるとやばいらしいが。グラウンドの横に設置してあるアスレチックの攻略も6年生になっても続いたしな。けど飛ぶ系のアスレチックは高さの概念と、打ち所の悪さから恐怖はあったけどなあ。

確かに俺はゲーム馬鹿だけど、ボール遊び、スクーター、虫取り、ミニ四駆、ジャンピングホッパー、水泳、一輪車、縄跳び、ひと通りの遊びはやってる。体を動かすしか暇を潰す手段はないのさ。遊びと体を鍛えることの違いってのはないんだよ。効率が悪くても楽しければ長続きする。勝ちたいためにやってるんじゃない。

スポーツは例外なく敗者を決める。だがそれに加えて、二度の意味で敗者を決める。
スポーツで負けたのならもう一度がんばればいい。しかし、がんばることが意味を成さない人に、どうがんばれというのか。それは構造的な問題だと思う。やめた人間のことはどうでもいいのかと。

◇◇◇

俺はどういう子だったろう。
鼻水タレで、人にいろいろ聞くのが好きな甘ったれな子で、わからないことはわからないと嘘をつくのが嫌な癖に意地だけは張って、勉強はそこそこ真面目にするけど素はアホの子で、大人な先生ほど自分のような生徒を学力ではなく根本的に心配しててくれて、まあ、そんなもんか。

で、人にいろいろ聞くのが好きな甘ったれな子な自分はなんだかんだ言ってネットサーフィンで色んな人間の記事を探しては勝手に引っ張っては自分なりにまとめて、見るだけではなく一部の理解できる範囲では知識も吸収してるし、まあ、俺っちは本当に甘ったれだけど甘ったれではなかったっつーこった。

人にいろいろ聞く過程で迷惑な顔をされたりも経験するから、次はどうしたらいいのか思案もするし、そうなれば自分も同じように誰かに教えるよう引き出しを用意するし、他人と通じて距離を(境界ではなく)感じるのが子ども時代ではないでしょうかね…。

その子の中には、自分と違って明らかな「境界」を感じる子もいただろう。
生理的なものもあるかもしれない。それでも自分はそういう人間とは「距離」を置いているのだ、というつもりでいた。わかりあえないというのなら、そう言えばいい。殴りたければ殴ればいい。
そうするしかないんだから。それ以外に選択がないのなら、「無視」しかない。
だが、「境界」だけは作るな。押し付けと思うかもしれないが、それでもそう思うのなら俺はお前に何も言わん。
もともと無いような関係だったのだからと諦めよう。

…独り言ですわ。



(23:23)

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この記事へのコメント

7. Posted by jelly gamat gold g   September 10, 2016 13:39
より正確にはランカウイ島に位置しています。一般的に、金と比較した場合、金は多くの利点を有します。
6. Posted by バーバリーレディースコート   December 03, 2013 04:14
二束三文のブログ:メモすることでもないが(やたら長い)
5. Posted by vuasaman   September 17, 2013 17:57
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4. Posted by vuasaman   September 14, 2013 17:47
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1. Posted by Phat trien thuong hieu4    April 12, 2013 18:07
광파리 애독자 여러분을 혼란스럽게 해드린데 대해 양해를 구합니다. 남보다 먼저 쓰겠다는 욕심이 화를 자초했습니다. 앞으로 좀더 신중히 쓰겠습니다.

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