November 09, 2012

よく「俺は~こう思う」「俺っちは」的な出だし文をやってしまう。だから推敲の一環として後で削ることもやってるんだけど、もともと自分という存在が好きで添えているわけではない。そうでもしないと人が見ているかもしれない記事に対して自分の理想像と距離が置けない、そんな本音が見え隠れしてるのだと思う。つまり根はチキンっちゅうことだな。

それに殆どは断じ口調でさえも添えないと済まない。どうしてなのか。
多分、心のどこかでネット住人によく見られる「死ね」のフレーズよりも酷い「何か」の表現を持っているからかもしれんな。言い切ってしまうとつい出ちまいそうな表現、言葉というものが。

こうしたい、ああしたいという気持ちの反面、常にバランスを意識してないと壊れちまいそうな、あの感じ。

いろんなサイトを見てはいても、「自分は~」「私は~」「あなたは~」「俺は~」で始まる文章をみんなどうしているのか、それは気になるがあまり思い出せない。つまりその内から来る意見が自分の中で完結していることを表すために使っている場合もあるし、本当は状況の変化によってコロコロ変わる意見かもしれない。

自分みずからの見識を元にしている物書きの謎はそこなんだよ。誰かの意見を参考にしているわけでもないのを明確にするためにあえて添えるのか、それだと誰を意識して発言しているのかっちゅうことになる。
 
普通で考えれば自分以外に意識する人間がいない。直接読んで反応をしてくれる人がいるわけでもないのにそれでもつい「俺は~」と添えてしまう。いつからそんなチキンになっちまったんだ俺は的な。

そういう悩みはどっかで氷解するのだろうか。

(01:43)

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この記事へのコメント

1. Posted by jelly gamat gold g   September 10, 2016 13:39
より正確にはランカウイ島に位置しています。一般的に、金と比較した場合、金は多くの利点を有します。

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