November 16, 2012


「風情のある街がなくなった。」という話を聞くが、俺は商店街のある街に育った覚えはないしそういう人は大多数いるだろう。

小学生の頃は毎日、国道を横断 (もしくは地下道で)して学校に通っていた。中学校に入るまでは地元といっても同じ小学校の同級生でさえ1キロ以上は離れた場所に住んでいたため、学校帰りに遊びにいけるのは同じ地区の子や同級生くらいなものだった。

 小学校低学年の頃は道を覚えるのが優先事項だったが、慣れるとどんどん小道に入っていくのが楽しかった。
とにかく、歩くのが楽しかった。学校に着いてしまえばそれは終わってしまうし、家に帰れば一人の子どもとして振舞わねばならない。そういう鬱憤がどっかで勉強や家にいることに対してキレて後に家出したくなって蓄積していったのかもしれない。

◇◇

実家は平野部にあり、そこから学校や駅に行くことになるのだが、しかし畑の広がる平地を望みながらもその時々の時代を感じることはできた。こう思う。情報は場所にではなく人に集まるのだと。その人がどこにいても時代を感じることのできる人間であれば、どんな場所でも田舎や辺境ではないのだと。

◇◇

他の同世代の人間がどう過ごしたかはあまり知らない。唯一の趣味のゲームにしても、小学生の頃は、テレビを専有する据え置きハードは家に無くて、ゲームボーイ等の携帯機がまさに生命線だった。その点、任天堂は「わかっている」企業といえるだろう。父が過去に仕事の同僚から譲り受けたとかいうマイナーそうなゲーム機も、記憶にないままどこかへ放ってしまった。確かRPGもので、主人公が死んでも霊体となってフィールドを彷徨える奴と、印象に残るカッコイイBGMのSTGが記憶にあるだけだ。それでも現在PCEとかのゲーム情報も一応見るようにしてるのは、やっぱりその頃の「売れ筋かどうかわからない何か」で遊んだ経験が大きいと思う。

SFCなんかも流行りもののはずなのだが家にはなく、親戚の家や同級生の家に遊びに行く時にお目にかかっていた。で、この話が記事になんの意味があるのかというと、一応はゲームとかおもちゃとか、遊びという文化に触れていることで今のネットでちょくちょく「懐かしい話」についていけてるのも「時代を感じる」恩恵があるのかもしれないという話。

◇◇

母はよくドライブに連れて行った。電車を経由したり、地方の古い映画館のイベントもチェックしてたし、フェリーにも乗せた。歴史博物館、美術館、工作教室、劇場公演、思えば住んでいた地方一体の催し物に出会える機会をくれた。
ただ子供の頃はよく買い物にも付き合わされるのでそれは苦痛だったが、今では物の目利きも生活に必要な知恵だと考えている。というよりそうすることでしか女性の金銭や旅行や生活感覚を身に付けることはできないだろうと考えている。それが男性特有の考え方だと言われれば否定しようがないが。

そんな彼女も家ではただチラシをチェックしたり、ナンプレを解いたり懸賞ハガキを書いたり、庭いじりをしている人だったな。父は家でのんびりしているのが合ってる人で、催し物に率先して行くような人間ではなかった。どうもこの辺のメリハリが効きすぎて自分の中の世の中の情報がごっちゃになってしまっている。

永遠の寿命があるならいろんな所へ行きたい。だが、「ここではないどこか」はいつか誰かが作り出すしかない。そしてその作ったものを誰かが感じなければならない。

◇◇

ここから本題に入る。辛辣さを伴う。

「風情のある街がなくなった。」という話を聞くが、俺は商店街のある街に育った覚えはないしそういう人は大多数いるだろう。

冒頭のこの話はここから続けよう。
テレビで見るような「田舎」というのは、芸能人がぶらぶら散歩する山の中や国道沿いや坂道沿いや海岸沿いやら、そんなものは腐るほど出しすぎてるんだよ。

お前らにはわかるのか。ひとたび家出すれば、たとえ山の中でなくても、怪しい大人たちがひしめく夜の街でなくとも、独り言をつぶやく危ない人がうろつく農道でなくとも、平野の夜の道の中で、寒い風にうたれながらただ歩くことしかできぬ。自転車だぁ?車だぁ?電車だぁ?人間の足などたかが知れている。

確かに平地の映像もある。ただヘリコプターで上から撮影したものばかりで、それを横から見た図がない。つまり地上から、畑の中を国道が横切る図、夜の、何もない平野の暗さ、そういったものがない。毎日とはいかずとも、国道の流れる車の動きを見つける様は洗濯機の渦を目で追い続けるようなものに近いが、それ以上のものがある。

毎日、学校から帰っては国道を眺めていた時期がある。
あるときは単身赴任の父が車で帰ってくる音をより聞き分けやすくするため、あるときは、なぜここにはこれだけの田んぼや畑があり、それが地平線まで続いているかのように見えるのかということ。そして、国道には毎日たくさんの車が往来している。知らない車種、知らない運転手、彼らは通り過ぎ去っていく。自分の視線に気づくか気づかまいと。

国道は農道にも繋がっている。その頃の俺では車を運転できない年齢だから、隣の町の親戚の家にも門限を破らずにいけることはできないし、あの車達が向かう先にも行けない。そして、広がる田んぼや畑にしてもどうやって耕す知識や経験がない。この地区には同級生を含む十数人の子どもたちがおり面識もあるが、いつまでも一緒というわけにはいかない。思えば物心つく頃にこの実家に移り住んだのだから、本当は元いた場所(といっても同じ三重県だが…)の頃の記憶があるかもしれない。この地区にはスーパーすらない。個人商店もなく、たまに夕方になると軽トラで巡業してくる人が物資を売っていた記憶がある。畑帰りの爺さん婆さんが車に群がってあれやこれやと買い物をしている中に、俺も連れてもらったことがある。

どれだけ田舎で充実した暮らしをしていようと、寂しさはやってくる。ある人間はそれを窮屈さや鬱屈した感情に身を任せたり、地方から出ていったりするのだろうが、それでも人間はどこにいても「ここではないどこか」を感じている。心のなかに、地方と都会とか、そういったものを超越した時代を持っている。人間はいつかそれを世界に作らなくてはいけない。そういう人たちの感覚を俺は繋げたい。

◇◇

2~3年前に「探偵ナイトスクープ」で松阪市が出てきた時、あの時は別に見知った場所であろうがなかろうがはっきり地形がわかったよ。それに鳥羽の、あの岸壁沿い(FF11のバストゥークグスタベルグのような)や、四国のちょっと入り組んだ内陸地の小島のそれなんかとか、そういうのを見てようやく「テレビ局の人間が撮る気のない場所」がちゃんと映っているのを感じる。

俺が感じているのはテレビの連中が田舎や地方をなんだと思っているのかっつーこった。

◇◇

“田舎”というイメージが自分の中にない。
そして寂しかった。

寂しいというのは人付き合いのことや地方暮らしのことでもない。
寂しいというのは、エヴァンゲリオンのシンジが夕暮れの中で公園で孤独そうにしているああいうのを指すのではない。そんなものは、その後の人生でどうにでもできる。幾ら主人公にとってトラウマものの環境でも、多くの人間にとってあれは思春期の人間の一時代を切り取ったものでしかない。

場所ではなく時代から取り残されることが怖いのだと知れ。それしか言い様が無い。

ずっと感じてきた「寂しさ」というのは、そういう情報が彼らの中にないことを指しているのかもしれんな。だからゲームRPGを見ていても、まったく親近感のある世界なぞ存在しなかった。技術があっても、彼らに感性があるとは俺は認めない。グラフィックの中に求める「匂い」はない。だからいつか、それを超える空間を見出すことで彼らを超えたい。今でもそう思う。時代をよく観察していたのはお前らではなく俺達だと。ここに育った者の一人として、そういう戦いを始める。いつもその気でいる。

都市化が進もうと、過疎化が進もうと、人はいずれにせよ群れようが孤独だ。それを理解して初めて「辺境」がなくなっていく。そう思う。俺から見ればたとえ行ったことのない場所でも。日本のどこもかしこも辺境でしかない。その土地を理解し、その場所をどうしたいかを決められないのならば。自分がどうしたいかを決めなければ。
 
◇◇

日本以外の、もっと何もない世界、もちろんそんなのはテレビで見る世界にもある。俺は、なぜ自分が「ここにいるか」が知りたい。それだけだ。別に理由がなくても生きていける。しかし、それではあまりにも世の中から距離を置きすぎている。そうやっていつか忘れ去られる、忘れ去られた感覚を、みな自分がただ生きていればいい、そういう感覚で作られてきた世間というものに揺さぶりをかけてみる。みんな、自分がなぜここにいるのか、それを問うたことはあるのか。問うものがなければそれでもいい。

自分の中では時代とリンクされてしまっている。「こうしたい、ああしたい」という気持ちと「寂しさ」が。そしてそれは他の街や場所に行って住んでみないとわからないかもしれない。だが俺はいつか必ず、自分が育った場所と同じ空間の匂いのする場所を他の地域や地方にも探してみせる。場所ではなく、それが時代とリンクしているならば人間の中にもそれを見つけることができるかもしれない。

◇◇


◇◇

親父は(父方の)実家近くに行くと海の状態を見るのが好きだが、海は平然と人が入れないからな。だから人の心を分けることはない。何もかも受け入れてくれるように見えるが、荒々しい時のそれは自然そのものの躍動だと感じる。

自分の心の中に“辺境”がある。場所とか、時間ではなく、人と共有できるかどうかわからないモヤモヤしたあやふやな感覚。それがあるから顔の見えないネット住人でさえもさも存在するように感情を抱くことができる。

◇◇

時代という区分の中ではどの時代も辺境だ。どこにも中心なんてない。それは個人が決めることだ。大人になって足の届く範囲が増えても、人は、どれだけ旅をしようが何を見ようが、そこで感じなければそいつの世界は拡張されない。どこまでも自分の中に空虚さがある。場所ではなく、テレビの中の盛況ぶりだとか、一緒に生活はしているけど生活スタイルは隔絶された大人と子どもという関係、そういうものの中に、人間の中の空虚さがある。

ただ、、人がいなくなった土地だからといって、魅力のない土地だとは思わない。そこで暮らした人間の感じたことを、自分も感じればいいだけだ。それを何かに書き残す。この世界に足りないのは情報だと。例えばネットでも、マイナーな話題でもちゃんと考察している人間のそれを見た時に、世界の広さと狭さを同時に感じるだろう。それだよ。それなんだよ。

そして情報は都会にも地方にも差はないという結論に至った。だから自分の好きなゲームについての情報が得られるならば、そこは田舎でも都会でもいい。つまり田舎か都会ではなく、その情報を持つ「人間」「場所」あるいは過去でも未来でも「ここではないどこか」にアクセスできればいい。ネット中にはそういう「匂い」を持つサイトもある。

◇◇

長くなったが俺が言いたいのは、
・テレビに映る「田舎に泊まろう!」「芸能人のブラブラ商店街散策」なんぞ知るかって話だ。毎日、地平線の先まで農道が続いてよ、国道はあるけど何も荷担しなくてよ、夜は真っ暗でよ、それを眺めていてもそういう地域に住んでりゃメンタルは保つワケよ。地方を映したきゃ、その地平線を歩いても歩いても人間の足ではなかなか辿り着かないってことを見せろよ。

・ゲーム業界もそうだ。
RPGでは勇者ご一行が一マス歩くたびに物凄い距離を移動してる。だが現実にそれをやったら移動だけで死にそうになる。ゲームは今までそういう部分を省いてきた。魔物と戦闘?ふざけんな。人間はフィールドを歩くだけで蹂躙されるんだよ。つまり究極のゲームってのは、歩いてるだけで楽しい空間を作れるかってことに尽きる。

それでまあ、風景像とか、人によって様々でみんな住んでる場所によって違うだろうし、あまりこうと言えるわけじゃないんだけど、結局は何もないはずの風景の中にも、例えば畑だって誰かが耕し続けてるから存在してるわけで、自分が干渉できない場所にも意味はあるわけで、それをただ遠目に見るだけの子供時代を過ごした人間としてはいろいろ言いたくなるわけで。


(17:58)

November 10, 2012

いじめの話をしていたのが、学校や子どもというものについての話から、ほめぞうの学生時代の話になってしまった。

◇◇◇

まあそんなこんなで、付き合っていた女子がいなかったというとそうでもない。
ただ、小学生の頃には幼稚園の頃から顔見知りだった女の子がいた時を思えば、中学生時代のどうにも自分の存在が希薄というか、いや目立ってはいたし周りから見ても付き合ってる感じに見えたのだろうが、小学生の時に遊んでいた子と違い、その女子は色々と噂のつく人物で、俺にあわせて話をしているせいか人付き合いは問題なかったが家族のことや前の小学校での生活態度などについては少々難があるようだった。
 
彼女は特に一部の男子からも敬遠されるような人で、それは時に見た目を揶揄されることもあるかもしれんが、
どうも女子から見ても何か問題があるような、それでいて学級委員などの役割はこなすというか先生からは別段嫌われているわけでも問題視されていないような、まあそういう生徒と俺は仲があったわけで。
はっきり言って男子と女子の仲というのは自分は意識していなかったわけで、多分、そういうところを狙ってなるだけ話しかけてきたのが彼女だったものなのだろう。一部の男子はそうした彼女の行動を警戒しつつも、女子と彼女の距離感というものが俺には把握できなくて。ただ、一緒に話してる分には俺自身に対して彼女自身には悪意はなくて、まあ家族のこととか他の生徒との軋轢は彼女は把握しているというか「放っておいてる。」感じで意に介さない人だったみたいで。要するに俺が一番そういう立場を話やすかった人間なのかもしれぬ。
彼女の素性については詳しくは知らないが、自分が中退した後も適当な時期を見計らってメールでやり取りしていた。特に仲は進展しなかったが彼女は教師を目指しているらしい。

女子と男子というのは不思議なもので、どこどこのあいつはああ見えて誰かと既にセックルしたなんてよくわからない噂もあったし、そもそも俺みたいによくわからない理由で付き合わされて(断る理由を無理に作れるような小知恵もなかったし)、かといってあからさまな態度だとバレバレ過ぎて気持ち悪いし、まあ会う度に軽く喧嘩しそうな雰囲気の男女もいなかったわけではないが、おとなしい子はおとなしいままだったし、上の学年の部活のお姉さま方は一部の男子に重宝されてたのもあるな。周りからは付き合ってると言われても本人にとっては女子友達と仲がいいくらいにしか思ってなかったというのがある。自分の場合、学校そのものを辞めたので意味はなくなったが。

本当の意味で理不尽な男とはどういう人間を指すのだろうな。
女性に言い寄る男か?。それとも媚びる男か?。…女心がわかる男か?。
どれも違うような気がする。

本能や、下心を理性で抑制したり覆い隠すことができるような知恵や経験が男子全員にあるわけではない。
だから周りから付き合ってると思われても本人にとって女子友達と思ってるただの純粋バカなくらいが(たとえ相手の女子がこの状態を付き合ってるとして自分に対して承認していても)、近づきやすいのかもしれない。そうでない場合は、大抵は女子から生理的に受け付けられないのがほとんどを占める。
高校生あたりはどうか知らんが、まだ中学生の時は女子グループと男子グループにわかれるからだ。特に一部の女子はさっき言った「生理的に」を、男子を敵として見たり本能的に嫌っている節も見える。そしてこの傾向は同じ男子にもあてはまり、ある一部の人間を嫌う生徒ほど女子のそれと同じ感覚に見る。このへんは長いクラス生活の中でお互いの違う側面を見たりすることで解消はする。生理的に憎しみを持って付き合っていても、それが表面化せず、いじめやシカトもまた横に置かれることが多い。俺は道化を取ったということなのだろうか。いじめられる要素があったのか、それすらわからず学校に通っていたが。

◇◇◇

それまでにも休んだり、登校中に行方をくらましたりして(道を外れて隣町まで行ったり)していたが
二年生末期に欠席が相次いだため学校に行く意志があるかないかを自宅で決めたのだが、
卒業証書はさらにかなりあとになって受け取りに行った。在学期間約二年の歳月だが、一応はもらえる。
三年生にならずに在学を終えたため、三年生担任のクラスの先生がこちらの状況を窺うつもりで手紙を送ってくれたことがある。その先生は顔は少ししか知らなかったけどそれまで授業では掛け持ちしてない人で会ってなかったし、
 
手紙の内容はややありがちな印象だが学校は相変わらずの様子ですな~という感じですな。
実を言うと成人式も何食わぬ顔で行きました。久しぶりに会った同級生にも「まあまあ元気だな」っていう返答だけで、お前の好きな道もあるさくらいしか思われないし、特にうるさく言われなかったし俺はそれでいいやって。あの当時は学校に行きたくなかったという心のなかにあるものを取り除けないんだから。でもただでさえ他のみんなは俺と違い、違う学校に進学したり就職した人間もいただろう、特に違和感があったとも言えないな。ずっと時間を共有していたわけじゃないからな。距離はもとよりあろう。

◇◇◇

自分を評することが誰にできるのだろうか。
ある者は当時の時「しっかりしている」といい、
ある時は「まあまあだけど残念なところもある」といい、
そういうのは人によってまちまち、時と所と人間関係によって違う。

何が正しくてその人の見方によって何が正しくないのか。

もしかすると自分は「出来損ない」だったのかもしれないという不安。
だからこそ人に寄りかかっていないとどうしていいのかわからないという主体性の無さ。
その主体性のなさ故に「学校」を一時は否定し、親を憎んだ。

いじめだとか言う以前に、我々は何か見るべきものがないか。

子どもというのはグループを作る。似たもの同士、同じ趣味を持つ同士、女子と男子、部活、住んでいる地区、様々なパターンが出来る。その中で誰かがリーダー格というのを見た覚えがない。確かに学力が優れている子や何かに秀でた子はいるが、それは一側面でしかない。

俺自身はグループを作ろうとした記憶はなく、どちらかと言うとそのグループを観察したり、あるいは入り込もうとしたり、そうして友達を作った。個別に友達を作っていたわけではないが、その違うグループの中から自分が既に見知っている人間同士を、違うグループ同士の中から新たに引き合わせる機会というのは何度か経験したことがある。

傍から見れば自分もまた、何かのグループに入っっている子だと認識されてたのだろう。ただ、そのグループの利害関係の調節などのコストを考えると、何かに秀でても何かに付け込まれるというのはままあることで、絶対的なグループというのは長続きしないのが多い。

だから利害関係の調節者に「クラスの先生」が共有者として無意識的に認識されている場合もある。「せーんせーにチクってやーろー」でグループ間の対立は解消される。先生もそれを知っているが、表立って生徒たちは先生にチクる場合もあれば、単に威嚇としてチクリ行為をチラつかせる場合もある。どっちにしろ、原因を解消するのは腹の虫どころだったりする。
 
本当にチクった場合はクラスで総出で授業削って学級委員会を開くので、元凶のグループ達以外の生徒全員にとって迷惑極まりないのである。俺はなぜかその面倒くさい学級委員会を在校中に何度か、それも自分の身の回りにあることで開かれたことがある。
性格的に捻くれている人間だったとは思うが、これをやったら喧嘩になる、相手と同じことを言い合ってもしょうがない、そういう事は言わない・やらない人間だったとは思う。ただの性格バカだったのは事実である。天邪鬼、あまのじゃくというのは矛盾した存在を抱える子どもなのかもしれぬ。矛盾というのは、世間一般の想像と離れた存在というものを指す。

まあ…その、なんだ!。なんだとはなんだオラァ!。じゃなくて、子供の頃はよく母に「○ちゃん(ほめぞうの呼び名)はなんでやっていい事をやらんくて、やらんでもいい事をするん?。」と何度も言われて過ごしてきた。もちろん母も本音というよりはつい口癖になってしまっているので悪意はなく、それだけに自分はじゃあどうすればいい子になれるのか、疑問の時代を過ごした。

正直に言ってその母の言い方は、母の容姿も相まって感情の強い言い方で、理不尽さを伴っていた。普通にモラルハラスメント並に苦痛だったが、母が根っからの悪人ではないどころか我の強い人間(中学生の時の流血沙汰の時は一番助けになった人)なのは知ってたから俺にはどうしようもなかったし、別に悪いことをして楽しむような陰湿なガキじゃないのは確かだったし、

でも俺は、親のお財布から金を取るような知恵もないしやる気もないし電車も一人で乗れないような子どもだったし、せいぜい目を盗んで夜中に食い物を漁ったり(それも中学校上がってから)、門限破って携帯電話でガミガミ怒鳴られたり、とにかく気の小さい人間だったのは確かだよ。末期には物を壊したりして親や祖母に反発するようになることでしか、自分の言いたいことを言い表せない少年になった。家を出ると脅して、真夜中を何度も歩いたりもした。
 
だが非行まではできなかった。人を傷つければ気が済むのかというとそうでもないし、
学校に行ってまでそうしたウサを晴らす手段などなかったし、末期症状の間も先生や同級生と普通に会話した。
というか、ある程度の長い期間を経てから登校もした。みんな元気だったし声もかけてくれたわい。
まあ、そんな感じだわさ。


(23:24)
気にはしておこうかと。

【画像】売春宿とスポンサー契約し論議 / ギリシャ

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ライブドアブログの運営のニュースはここ半年くらい覗いてないのでそろそろ見ておいたほうがいいかな。今のところ編集に支障があるのはページの切り替えの更新がうまくいかないのと、記事の中で動画はどのくらいの数まで適切に動くかくらいっすね。

そういえば三重県のニュースで

人為的ミスの可能性 三岐鉄道脱線

鈴鹿サーキットで会社員が事故死…練習走行中

どちらも今年に入って一度っきりの事故ではないらしい。小耳に挟んだということで。


◇◇


大人の価値観では子どもは救われない

子供に「いじめからは逃げろ」って、どこへ?

いじめ。陰湿、もしくは肉体的、長期的、集団的、そういった関係で成り立つもの。いや、いじめの話題というのはなぜこれほど大人の関心を呼ぶのか、気になっているのはそこなんだ。

学校関係者にとっては生徒が見えている範囲でならいじめはどこまで認知できるのか、とかそういう話はだいぶされている。大人の世界にもいじめはある。というが、すべてが公的なものではないだろう。そういったものは法律で裁くどころか両者の間や、極論すると流血沙汰に行き着くところまで行くのかもしれない。お金のやり取りでかいけつするとか、被害者も加害者も顔を合わせずに済むように取り計らうことで一時の清算にする、という方法もある。

ただ、いじめのリスク(被害者も加害者も)というのは顔を合わせずにいられないということだな。面が割れる。だが面が割れずに加害対象に暴力や嫌がらせをふるう行為も考えられる。上の記事のコメント欄の意見者然り、彼らにとって陰湿とはそのようなものを指すのだろうか。

陰湿というのは目に見えにくい。だが、職場や学校であればどれだけ陰湿であろうと、顔を合わせる機会が少なかろうと、その組織の中の人間を特定できないことはないだろう。そうすると、結局「あの学校はいじめが行われる陰湿な所なんだぜ」と言われるのが恐ろしい組織というのは、それ自体が自分たちの普段の有り様に問題があると言っているようなものではないだろうか。まあ、そんな話をしてもいじめはどこでも起きる、と言ってるんだからどうにもならないが。

◇◇◇

それよりもネットでの学問系の掲示板の陰湿なやり取りには反吐が出る。どういう人間が書き込んでいるにしろ、相手の「無知」を殊更あげつらい憎むくせに相手には何も与えない、あんな異常な書き込みを久しぶりに見ると反吐が出る。

大学のランク付けをしているのも社会人から見ればガキのお遊びだろう。それで何を得たか、彼らが議論し合っているのを見たか?。それとも掃き溜めの掲示板だからと彼らはまともな学生ではないから関係ないとでも?。

ネットが見せているのは一部かもしれない。だが悲惨にしているのは彼ら自身だと思う。

◇◇◇

数カ月前のNHKの番組取材の中でも言ってたが、被害者はかわいそうだから番組を作って対応するが、だが加害者を責めるのは…ということか。罰することができない、なので認知したくない、これから先もそんな人間たちに教育を任せるのか…。

◇◇◇

いじめ問題を三段階にわける。
一つはいじめられた経緯を人に話すこともできず、沈んだまま人生を終えること。二つは、それを打ち明けることで周囲の理解と助勢を得られ、問題を見つめるきっかけを今後に渡って共有すること。三つは、打ち明けたはいいが、世間の反応はただありのままにいじめを現象としか捉えておらず、いつもの反応で頷くばかりで、本音のところでは曖昧なまま根本的に見つめていないこと。

この一つ目と二つ目は日本以外の国でも起こりうると思うのだが、三つ目こそが今抱えている問題なのではないかと思う。だが無理だろう。解決という概念を、国民が、国民を通してメディアを介して全員で一致団結して認識していないと駄目だという考え自体が、この二十数年から変わっていないのではないのか。これは教育の問題ではない。保護者である大人と子どもの問題でもない。人間らしい生き方の問題だ。発信者の問題だ。問題の声を聞く受信者の質や数ではない。

というかそう思っていたら、Togetterでと俺と同じような意見が出ていた。

◇◇◇

では心の底から人を見下し、人を手駒にしようとする奴は?。
「ジョジョの奇妙な冒険」のディオのような人間と出会ったら?。
そういう奴と戦わずに逃げる方法がなく、身近にいてしまったら?。
おとなしく配下になるか、媚びへつらって生きるか?。
だが彼のような人物は結局は人間をやめてしまったではないか。

◇◇◇

いつ話そうか、しどろもどろ中だが学校生活で思い出した。

学校や先生は嫌いではなかった。

しかし。勉強するのはなぜ、と親に聞いても大した返答は聞けないし、学校の先生の中にも俺を「たまにぼーっとしている子」だと見抜いてる人はいて、正直今の姿の自分を見せれば単にぼけーっとしたいからしてた、そういう人間。

もし学校に行く理由を上げるなら、同世代の人間の世間に対する意見が聞けるのが大きいな。ただまあ、将来的にここで勉強するのが当たり前だという親の価値観が気に食わなかったことや、生来怠け癖もあって学校での勉強は身につくようなものではない、効率は悪いと思っていた。
学校では「できないこと」を科学するという決まりはないらしい。やりたければ自分でやれと。真面目な話、ちゃんと勉強するのなら個人が一教科の中で取りこぼしのないように決められた時間割なんかせずに勉強したほうがはるかに効率がいい。単に学校の生徒たちと「なぁなぁ」したければ他に機会はあるのではないか。

とはいえ学校へ行かずにいれるのは、そんなことができるのは生活に余裕のある、人生後先考えてない奴の道楽と言われても仕方がない。だからといって、そうなんだくらいしか思わない。それよりもいつになったら勉強は終わるのか、ということのほうが当時の自分にとって目先気にしていた。

まあ、言いたいことはそのぐらいにします。

◇◇◇

いじめはともかく、学力について言えばいい思い出がないな。

そんな状態で学校という、先生に聞いても人に聞いても授業を受けるにしても限られた学習の中で、自分のその脳みそを信用できない以上、誰を信用すればいいのかわからない。努力というのはちゃんと機能している時だけ信用できるから言葉としては使いものにならない。
まあそんなだから家では勉強より遊んだりしているほうが長い人間だったのさ的な。

自分は別にバカにされようが、それが道徳的範囲の中で不遜な態度につながる場合は無知を恥じるが、無知というものを人に押し付けたりバカにすることはない。ネットを見てても比較的頭のいい人の発言の中にもそれを笑う人間がいるのを見ると、本当に人間は賢さと学力や頭のよさは違うものだと思える。

そういう輩はいずれ化物扱いされて現実にもネットにもどこにも居場所を無くすと思うがな、ともかく連中のような人間がそう簡単に教鞭を執るとは思えんが、そうした連中がいつまで人を馬鹿にし続けていられるのか、それをなくすには新しい例が必要だろう。まあ俺はそいつらから見てただの小心者だがな。
いや彼らの背後にある人間の悪辣さといったものを追わずにいられんのでな。

◇◇◇

自分のクラスは…一年、二年通して個性的というか、成績は二の次だがあまり先生が口出ししなくてもやっていける自主性を自称しているクラスだったな。だから「自分の意志で学校へ行かなくなった」ような人間が出てしまったあとのあのクラスはどうだったのか。気になるがしょうがない。

人間は自分の意志で狂うことが出来るというのも見せつけたかったのかもしれないな。理由なぞないと。それでもこうやって今平穏を保っていられるのだから、今度はおまえらの番だぞ、そう言いたいのかもな。

だから「いじめ」より遥かに自分は重いものを背負ってる気がするんだよ。一応学校否定者なんだもん。行きたかねえ、勉強したくねえ、そういう人間をどうするかということのほうが問題だろう。

俺には自分のやりたいことが見つかっている。だが、中退してるような人間たちがどの程度まで自分の進む道を見つけているか、それが気になる。学校はあくまで過程でしかない。それでも苦痛だった。何が苦痛だったのかを科学するにはそういう人間の声が必要なんだ。

学校にいて、わざわざいじめをする側される側にくらいしかやることが見つからないのなら、もはや教える側と教えられる側という考え方から変えたほうがいいと思うよ。

◇◇◇

自分は自殺するようなタマではない。これだけは言っておく。
だが随分と無駄な時間を過ごしてしまったのは腹に積もる。
だから言いたい。

学校以外に学ぶことはある。
教育者でもない限り、よほど生活に困ってない限り今の時代にゃネットなり遠隔通信する手段がある。
もう顔合わせるためにわざわざ学校出向く必要はねえんだ。
教育の理念は受け継がれるだけど、絶対にあの場所で、なんてことはない。
あとは教員の意見を聞いてみないとわからないが・・・。

◇◇◇

そして認識が変わった原因の一つは確かに暴力事件だったのだが、それからしばらくして学校に通い続けたし半分そのことを忘れていた。むしろ自分がかように微力でも反撃“できる”ではなく“したい”人間であることを自身が自覚したといってよかった。…(たった一度だけども)暴力を経験しなければ、人を殴る理由を自ら見つける機会もそうない。それにいじめられたりパシられるくらいなら対等な関係を掴み取りたいと考える。

◇◇◇
 
小学生の頃も、中学生の頃も、担任の先生は「教師」というよりは「親」に近かったな。その親である先生に時々反発することもあるし、先生自身が子持ちだったりも多い。

そういえば小学生の頃、俺はどんな時代を過ごしたんだっけ。

確か学級委員もやったし、図書室の整理もやったな。いろんな係があって、一年生の学年に朝の本の朗読をしにいったこともあった。

学校というのは当然学年によってクラスがわけられているから色んな歳の子がいる。中学校だと3年生までだから部活も、学校生活も短い期間に濃密に記憶していることが多いのかもしれない。高校あたりだと地元から離れていることもあるし電車通勤も当たり前になってくるから余程のことがない限りそれまでの人間関係も疎遠になるかもしれない。

さて話を戻そうか。

学校生活はどんなだったか。確か、掃除には班があって、1年から6年生まで最低一人ずつは組み込まれていたな。ああそうそう、3~4年になってからジャージ制から私服登校可になった。ジャージは運動会や行事の日に着用推奨で、ランドセルだけでなく市販のカバンでも手提げ袋でも認可されることとなった。

学校生活の話をするかのう。

まず黒板ははっきり言って目に悪い。ただでさえ視力が悪化していく時期だったのに、あまりの見えにくさに勉強が捗らなかった時もあるくらいだ。勉強机の直覚的な姿勢(机の角度)もはっきり言って長時間拘束しているようなものだ。まあ自分が在校中に耐震化工事が小学校・中学校あわせて着工されたのも大きな変化だな。

エアコンはないし扇風機もないが、暑いという気持ちを生徒も先生も共有しているというのは不思議なもんだよ。職員室は涼しいけどな!。プリントを渡すついでにお茶を飲みに行く事もあった。

保健室の先生は割りと穏やかな人が多いな。保健の係もそれがわかって行ってる子が多いし。あれだ。教育に直接関わるというわけではないからか、一歩身を置いてるのかもしれん。

学校の玄関のとなりが一年生の教室で、外には花壇が植えてある。これを世話しているのがたしか1~2年だったと思うが、ちゃんと目に見える場所というのが素晴らしい。池に鯉がいて餌をたまにやっている生徒や眺めることもあった。

5~6年になると何が変わるのだろうという気になるが、6年は卒業も視野に入れた行事への参加を任されるものの、機会があると下の学年と運動場のアスレチックで遊んだりすることはあった。

職員室の配置というのはグラウンドを見渡すことができ、給食室のおばちゃんは〇〇のお母さんだったりすることもあるわけで、そうした体制は基本的に教育の中に入っているのだと思う。

そういえば道徳の時間はいつ組み込まれたのだろう。3~4年の頃か?。放課後近くのインターバルみたいなもんだな。道徳で教えるものがない時はこういう、「何もしない時間」を大切にするべきで、先生を休めることとか、自主性も必要なんだと思うぜ。「やりたいものがない」と言える人間も必要だってことだよ。

学校教育は主体性を教えるようにはできていない。自主性を尊重すればするほど、個人の意志の範疇に委ねられる。彼らは勉強の基本を教えているだけ。だから効率を求めるのはお門違なのかもしれない。
だが俺は思う。効率とはなんぞやと。

◇◇◇

ほめぞうはもともとその学校のある町に住んでいたわけではないが、幼稚園に入るまでには移り住んでいる。

小学校時代、低学年の頃ションベンかウンコを教室のド真ん中で漏らしたそうだ。親に聞いた話では、喘息とアトピー・アレルギー性鼻炎も患ってて、マスクを常時付けていたのでマスクマンなんて呼ばれてたそうだ。鼻水ズルズルなのは高学年になっても続いてて鼻くそを処理するのに苦労したし、息苦しくて頭に血が回らなかったし、その鼻くそを持ちネタに他人にすり付けるとかバカもやった。ごめんなさい。

ああそういえば、「お前臭いぞ!」と言われて喧嘩別れした友達がいて、仲直りはしたけど、ちゃんと風呂に入ってなかった時期があったというか体質的にフケとかで見た目に気持ち悪くて、それで風呂に入ったり靴下を履くのが苦痛だったってのもある。ブリーフ派だったのも一理あるな。まあ中学校に上がるまでには一貫してトランクスを履くようになったわ。
あとズボンを下げてチンコ全開で小便してたわ。もちろん馬鹿にされたけど、そういう問題も一つ一つ先生に教えられたから今の自分がいるのかもしれない。

ちなみに中学校時代は剣道部員だったけどウンコ我慢できねえの隠さなかったし、トイレは学校ではなく隣の多目的体育館でやってたし、そこは胃腸の弱い親父とどこか通じるな。
いや、通じなくていいか。

未成年だけど家族公認でビール飲んでるの自慢してるやつもいたし、ちょっとした修学旅行中にタバコ吸ってるのを見られたからってその時の自分が学級委員やってたからといってチクらないでくれ見逃してくれと言われたり(どーせタバコ辞められるかなんて本人の問題だから先生に伝える気なかったし)、帰宅部の黄昏感は異常というか精神年齢的に少しだけ上のような感じがしたし(本人はそう装ってるつもりで通してるだろうし)、50円だけ金貸してくれというよくわからない奴(他の生徒にもしつこく言い寄ってたという話もある)もいたし、授業をボイコットするわけでもないが我道をいくという感じで我関せずという態度を取っていた女子もいたし、ただ、上の学年や下の学年の動向はあまり把握できないというか、実際は部活くらいでしかその実態がわからないというのが本音だな。

先生はそういう学年の違いによる思春期のこう、もどかしさじゃないけど微妙な距離を見てるから余計に中学校教師というのは大人社会の顔という圧迫感はあるのかもしれない。

◇◇◇

家の生活も思い出してみる。

母は自分が幼稚園に行くまでに文字の書き方を教えた。幼稚園ではウルトラマンのお面を作って遊んだり、JASマークを書いたり、子ども特有の鏡文字で氏名を書いて遊んでいた。

家では比較的家事の手伝いはしていたほうだが、兄弟はおらず、父の帰宅で休日に親戚の家に行くことが多かった。地区では公民館などを通じて子ども会などの催し物に参加し、地区の子どもと顔を合わせる機会があった。母はパートをやっており休日は世間で言う平日も多かったが、ドライブと称してデパートなどに連れ回さえる事が多かった。

子どもにとって親の買い物に付き合わされることほどしんどいというか、幾ら暇でもつまらないことこの上ない。逆に父は自分が欲しい物があれば車を出すような、そういう人だった。

ただ、俺は…都市と違い、平地で、畑一面で、隣の小学校から歩いて帰ってきて、ただ机に向かって勉強するかテレビを見るか漫画を見るかボールを蹴って遊ぶか、父は単身赴任、母はパート、ばあちゃんは畑、テレビで戦隊モノを見るか、レゴブロックで遊ぶか、プラモデルを作るか、友達の家を訪れるか、それより、死んだ爺さんに会いたかった。俺の部屋の隣の広間には遺影と仏壇があった。故人になるまで遊んでもらったその祖父の記憶は曖昧なのになぜか楽しい思い出で、いない人間の顔を見るたびに、自分がなぜ生きているのかわからなかった。
家で飼っていた老猫とその子猫だけが行き先を知っているような気がした。その老猫も行き先を告げずにいなくなったし、他の猫にもあまり世話してやれなかったのも悔やむ。

運動神経は悪い方じゃなかったぜ。
中学校の頃、身体測定でサッカー部員でもないのにリフティングでそれなりのスコア出したら生徒からよくやるな、と言われたことがあった。まあ帰宅してボールを一人壁に向かって練習してたのが役にたったな。ただ走るのと長期マラソンは微妙な順位だったし、バスケットはさっぱりだったな。あとは中学校の時に握力測定して50Kg出したよ。

懸垂は小学校の頃に休み時間なにもすることがないからひたすら休み時間いっぱいまで鉄棒にぶら下がってたこともあるくらいだよ。懸垂は体重が増えるとやばいらしいが。グラウンドの横に設置してあるアスレチックの攻略も6年生になっても続いたしな。けど飛ぶ系のアスレチックは高さの概念と、打ち所の悪さから恐怖はあったけどなあ。

確かに俺はゲーム馬鹿だけど、ボール遊び、スクーター、虫取り、ミニ四駆、ジャンピングホッパー、水泳、一輪車、縄跳び、ひと通りの遊びはやってる。体を動かすしか暇を潰す手段はないのさ。遊びと体を鍛えることの違いってのはないんだよ。効率が悪くても楽しければ長続きする。勝ちたいためにやってるんじゃない。

スポーツは例外なく敗者を決める。だがそれに加えて、二度の意味で敗者を決める。
スポーツで負けたのならもう一度がんばればいい。しかし、がんばることが意味を成さない人に、どうがんばれというのか。それは構造的な問題だと思う。やめた人間のことはどうでもいいのかと。

◇◇◇

俺はどういう子だったろう。
鼻水タレで、人にいろいろ聞くのが好きな甘ったれな子で、わからないことはわからないと嘘をつくのが嫌な癖に意地だけは張って、勉強はそこそこ真面目にするけど素はアホの子で、大人な先生ほど自分のような生徒を学力ではなく根本的に心配しててくれて、まあ、そんなもんか。

で、人にいろいろ聞くのが好きな甘ったれな子な自分はなんだかんだ言ってネットサーフィンで色んな人間の記事を探しては勝手に引っ張っては自分なりにまとめて、見るだけではなく一部の理解できる範囲では知識も吸収してるし、まあ、俺っちは本当に甘ったれだけど甘ったれではなかったっつーこった。

人にいろいろ聞く過程で迷惑な顔をされたりも経験するから、次はどうしたらいいのか思案もするし、そうなれば自分も同じように誰かに教えるよう引き出しを用意するし、他人と通じて距離を(境界ではなく)感じるのが子ども時代ではないでしょうかね…。

その子の中には、自分と違って明らかな「境界」を感じる子もいただろう。
生理的なものもあるかもしれない。それでも自分はそういう人間とは「距離」を置いているのだ、というつもりでいた。わかりあえないというのなら、そう言えばいい。殴りたければ殴ればいい。
そうするしかないんだから。それ以外に選択がないのなら、「無視」しかない。
だが、「境界」だけは作るな。押し付けと思うかもしれないが、それでもそう思うのなら俺はお前に何も言わん。
もともと無いような関係だったのだからと諦めよう。

…独り言ですわ。



(23:23)

November 09, 2012

本腰入れておりまふ

ゲームミュージックの記事が2つばかし余っているのでテンション上がりそうなものでまとめてます。明日一日それで時間食いそうぽ。

あとゲーム関係のメモは時代を走ったゲーム、メッセージ性のあるゲーム、ゲーム業界に関係するゲーム、と何種類かにわけてみました。ただし下書き状態なのですぐには投稿できません。それに貼り付けた動画が重たくないといいんですがのう。 




(22:32)
よく「俺は~こう思う」「俺っちは」的な出だし文をやってしまう。だから推敲の一環として後で削ることもやってるんだけど、もともと自分という存在が好きで添えているわけではない。そうでもしないと人が見ているかもしれない記事に対して自分の理想像と距離が置けない、そんな本音が見え隠れしてるのだと思う。つまり根はチキンっちゅうことだな。

それに殆どは断じ口調でさえも添えないと済まない。どうしてなのか。
多分、心のどこかでネット住人によく見られる「死ね」のフレーズよりも酷い「何か」の表現を持っているからかもしれんな。言い切ってしまうとつい出ちまいそうな表現、言葉というものが。

こうしたい、ああしたいという気持ちの反面、常にバランスを意識してないと壊れちまいそうな、あの感じ。

いろんなサイトを見てはいても、「自分は~」「私は~」「あなたは~」「俺は~」で始まる文章をみんなどうしているのか、それは気になるがあまり思い出せない。つまりその内から来る意見が自分の中で完結していることを表すために使っている場合もあるし、本当は状況の変化によってコロコロ変わる意見かもしれない。

自分みずからの見識を元にしている物書きの謎はそこなんだよ。誰かの意見を参考にしているわけでもないのを明確にするためにあえて添えるのか、それだと誰を意識して発言しているのかっちゅうことになる。
 
普通で考えれば自分以外に意識する人間がいない。直接読んで反応をしてくれる人がいるわけでもないのにそれでもつい「俺は~」と添えてしまう。いつからそんなチキンになっちまったんだ俺は的な。

そういう悩みはどっかで氷解するのだろうか。

(01:43)