May 17, 2012
別の記事で不覚にも投稿ボタンを押してしまったんだが、ありゃもう一日はかかる。
◇
風の旅人 佐伯剛さん「脱原発に必要な覚悟」
…話は逸れたが、個人的にはTwitterのあのグダグダ感がどうにかなるにはあと7~9年くらいかかりそうな気がする。世代が変わる頃が境目だと。
◇
2012-05-16 『虚構新聞』とネットリテラシーの限界
ともかくこの第三者が厄介でな。まとめブログで記事にするほどじゃねーと思うのよ。
でもそれをやる所があってな。
どうも虚構新聞側もヤケクソになってるんじゃないのかって邪推しなくもない。
今回は第三者がメインなんだからな。虚構新聞書いてる人間が直接釣られた人間をm9(^Д^)プギャーするわけじゃないだろう。そこがイヤラシイのじゃよ。
◇まだ続いていた
ネット実名派が本当に求めているのは相手の脆弱性
長くなってしまったので残しておく。
漫画家、佐藤秀峰氏が今まで見てきた漫画家になれない人たちの言い訳10個
Togetterのほう、あれからコメントが投じられており平常運転だが、まとめブログのコメントを抜き出しておきたい。
◇
風の旅人 佐伯剛さん「脱原発に必要な覚悟」
そして、kazesaeki氏のツイートを読んでいて違和感を感じた・・・電力会社が今や眼の敵にされている原発を必死に動かそうとしている理由は、「国が後押ししているから」ではなく。電力会社にとって「停電」こそが一番恐れる事故に他ならないからだと思うのだが・・・442ndCombatTeam
コメント欄は打ち切っているようだが、最初の閲覧の時からまとめが変わっていっているので気になってはいる。
ここでもう少しいまの行動と本音について話しておきたい。
まずは言い訳についてだが、以前、震災関連のニュースが溜まりに溜まってもう面倒くせえ的なことをツイッターでつぶやいておいた。んで、ブログでそっちを優先しない理由は、いまの自分にとってゲームの考察のそれとか、本来はそのためにブログをやっているのであり、今はだいぶ整理がついてきたところで一気に仕上げておかないと頭がおかしくなるからそうしている。
次に「メモするぞい」という形で時事ネタを拾い集めているが、これも興味のある範囲で世の中を調べているのであって、震災関係の話もその中に入る。ようは、このほうがモチベーションが保てるから下手に取り組まないだけだ。(ただ、人から話しかけられたら流石に断り切れないが)
この方法で見つけた情報もたくさんあるし、原発以外の話もちょくちょく見かける。ただ…Togetterやツイッターでよくいわれる「このままでいいの?」に対しては、それを問う相手によるんでないかと思う。
震災直後、何かしようという気持ちを伝えるのにネットは役立った感はある。しかしそれと同時に、情報も何もないなかで「なにをするべきか」を考えることはまだしも、それを飛ばしていきなり「なにかしなきゃ」という焦燥感でいっぱいの人間が多いことに驚いた。
状況が状況であり、企業もせわしなくボランティアに動く中で個人ができることは知れている。その中で、あるべき生活を脅かされたのならとにかくも、全体の意志に突き動かされるようにパニックにのめり込んでしまう人はどうかと考えていた。
それともうひとつは、やはり技術系の話についていけないのが自分の中では大きかった。なので、それ以外の話を集めていたのだが…。
ここまでいちおう話しておくことにするが、俺はTogetter記事の彼らの言う「覚悟」は話半分で聞くことにする。今の段階で覚悟ありきやないきやで国民を二分すること自体が悪意を感じるからだ。それならとっとと実名匿名の話のほうをどうにかしてもらいたい。そんなに嫌なら実名で人を罵ればいいのに、という輩が多すぎる。
ここでもう少しいまの行動と本音について話しておきたい。
まずは言い訳についてだが、以前、震災関連のニュースが溜まりに溜まってもう面倒くせえ的なことをツイッターでつぶやいておいた。んで、ブログでそっちを優先しない理由は、いまの自分にとってゲームの考察のそれとか、本来はそのためにブログをやっているのであり、今はだいぶ整理がついてきたところで一気に仕上げておかないと頭がおかしくなるからそうしている。
次に「メモするぞい」という形で時事ネタを拾い集めているが、これも興味のある範囲で世の中を調べているのであって、震災関係の話もその中に入る。ようは、このほうがモチベーションが保てるから下手に取り組まないだけだ。(ただ、人から話しかけられたら流石に断り切れないが)
この方法で見つけた情報もたくさんあるし、原発以外の話もちょくちょく見かける。ただ…Togetterやツイッターでよくいわれる「このままでいいの?」に対しては、それを問う相手によるんでないかと思う。
震災直後、何かしようという気持ちを伝えるのにネットは役立った感はある。しかしそれと同時に、情報も何もないなかで「なにをするべきか」を考えることはまだしも、それを飛ばしていきなり「なにかしなきゃ」という焦燥感でいっぱいの人間が多いことに驚いた。
状況が状況であり、企業もせわしなくボランティアに動く中で個人ができることは知れている。その中で、あるべき生活を脅かされたのならとにかくも、全体の意志に突き動かされるようにパニックにのめり込んでしまう人はどうかと考えていた。
それともうひとつは、やはり技術系の話についていけないのが自分の中では大きかった。なので、それ以外の話を集めていたのだが…。
ここまでいちおう話しておくことにするが、俺はTogetter記事の彼らの言う「覚悟」は話半分で聞くことにする。今の段階で覚悟ありきやないきやで国民を二分すること自体が悪意を感じるからだ。それならとっとと実名匿名の話のほうをどうにかしてもらいたい。そんなに嫌なら実名で人を罵ればいいのに、という輩が多すぎる。
…話は逸れたが、個人的にはTwitterのあのグダグダ感がどうにかなるにはあと7~9年くらいかかりそうな気がする。世代が変わる頃が境目だと。
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2012-05-16 『虚構新聞』とネットリテラシーの限界
僕はこのケースの場合は、「『虚構新聞』を批判する声はもちろんあがってもいい、というか、そうする人がいるのは、自然なことだ」と考えます。ただし、『虚構新聞』が「これは批評なのだ」というスタンスならば、「自らの責任で」覚悟して、それを貫くべきだと思うのです。訴訟されるかもしれないけどさ。世の中って、そういう「せめぎあい」みたいなもので回っているものだから。やりすぎれば、訴えられるかもしれないし、ギリギリのところでうまく立ち回れば、ネットでの「新しいジャーナリズム」として認知されるかもしれない。
その通りなんだけど…兼ね兼ねその通りなんだけど
それが虚構新聞のサイトから伝わってこないから、そんなサイトにみんななんでムキになるのかわからない。
それが虚構新聞のサイトから伝わってこないから、そんなサイトにみんななんでムキになるのかわからない。
僕の観測範囲では、「虚構新聞にだまされた」ことに直接怒っている人というのは、ほとんどいません。むしろ、「あんなのにだまされるなんて、お前バカだろ」と第三者に侮辱されたことによって怒り、それを「デマを流した」虚構新聞にぶつけているケースが多いように感じます。
第一に、虚構新聞に釣られた人間すらネタにしてる時点で虚しいんだがのう。
第二に、釣れた人釣られなかった人がどうとかそれ以前にリアルタイムでニュース見れない俺ガイル。
いつも何か起きた後なんだよ…日がなツイッター眺めて無いと無理ぽ。
ともかくこの第三者が厄介でな。まとめブログで記事にするほどじゃねーと思うのよ。
でもそれをやる所があってな。
どうも虚構新聞側もヤケクソになってるんじゃないのかって邪推しなくもない。
今回は第三者がメインなんだからな。虚構新聞書いてる人間が直接釣られた人間をm9(^Д^)プギャーするわけじゃないだろう。そこがイヤラシイのじゃよ。
◇まだ続いていた
ネット実名派が本当に求めているのは相手の脆弱性
長くなってしまったので残しておく。
HNという概念が、別垢と本垢という形で現れるのはわからなくもないが、「いずれ自分の中の別の側面に食われる」ことを考慮するからこそ、あくまで一人の自分にこだわり続ける。自分が帰る場所があるからこそ、人からの批判を受け入れ、弁明するなら弁明し、自らを変えていくという意志を発信することができる。あえて「友人の、それまたその友人の知人との関係を壊したくない」ために別垢を用意するのならそれはリアルと同等の世界でしかなく、いずれお互いが面と向かって話しあえば印象の食い違いが起きるだろう。どちらにせよ自分を偽っていることに他ならない。その程度で壊れる人間関係なら評価するまでもない、という意見はあまりにも暴力的なのだろうか?。要は匿名に価値がありさえすればいいのさ。匿名の旨みを知った割には大した意見も出せず、極論というには稚拙すぎる人がいるからイライラしている。だったら実名で人に批判を加えようが匿名で人に批判しようが一緒だろと。にもかかわらず匿名はあったほうがいいよね、っていうのならそれも構わんよ。まあ別に社会的地位が低いから匿名を利用するとかしないとか以前に、単に人を攻撃したいけど正当性を主張できもしないから、ってのもあるしなあ。あと個人的には「匿名でしかできない芸」を「実名でもアリ」なように少しづつ社会に容認させていく、というのがいいと思うんだが。なにか研究してる人いるかしらね。むしろ実名こそが凡人の特権じゃないのか。みんな実名になれば大した価値はなくなる気はするけども。epouvanteさんの言う 「人前に出るのなら、抜きん出た特質が無いといけない。特別な者でなければいけない。」を満たす条件も提示できないのが「ここ」だろう?。 なら進んで前に出るのも別におかしくはない。「できない」のではない。「やりたい」ってやつがいないだけさ。「特別な者でなければ」ならなかった例を出してくれ。 …一連の流れからはそんな感じかな。何も自分を定義する情報をネットに流していないにもかかわらず、 いきなり実名でやって、井戸端話が好きな住人に自分の置かれた環境や面相を指して評価されるのは嫌だろう?。 でもそういう世界になっていくかもしれないのに今まで君は何をやってきた?。 これから特定されて何されるかわからんような嫌な事か?。…この場合は暇人が有利ということになってしまうのが難点だが。実名化になったらどうなるかなんてすぐには浮かばないが、お互いその凡人同士でも違いが出るんじゃないのう。 じゃから実名化になって得するのは地道にやってきた人間じゃないのかのう。 それを「評価したくない」と意固地になってる人間が粋がってるのが今の現実だと思うぞい。「実名だったらとても言わないようなことまで言っちゃうんだよねえw」ってなんぞい。本当のところはこうではないのか。匿名でもなんでもなくなったら、一般人、いや凡人でもいいや、お互いに突っつき合うでしょ。 有名人VS一般人じゃなくて一般人VS一般人の対立図を嫌がっているようなさ。これなら誰が匿名を推奨しているかわかりやすいと思うが。この先、実名でやるなら君はどんなことがやりたい?。つうかそれ以前に実名でしかできないことってなんなんだ?。
>>機転の効くようなことを匿名でしか言えないような奴がネットに蔓延っているって寸法ですかい?。
>いやそうでもないっしょ。
>>じゃあこの先、実名でやるなら君はどんなことがやりたい?。
>つうかそれ以前に実名でしかできないことってなんなんだ?。
>>まあ…信用とか?…。
>実名同士だと既出だから名乗る必要はないけど、実名対匿名の間だと実名のメリットが発揮されるよね。
>>あー待て待て、匿名にも特定できるものと特定できないものがあるんじゃないか。最終的にそれを具体的に実名と呼ぶのかわからないけど…。
どうでもいいが、こんな話が浮かんだ。
◇>いやそうでもないっしょ。
>>じゃあこの先、実名でやるなら君はどんなことがやりたい?。
>つうかそれ以前に実名でしかできないことってなんなんだ?。
>>まあ…信用とか?…。
>実名同士だと既出だから名乗る必要はないけど、実名対匿名の間だと実名のメリットが発揮されるよね。
>>あー待て待て、匿名にも特定できるものと特定できないものがあるんじゃないか。最終的にそれを具体的に実名と呼ぶのかわからないけど…。
どうでもいいが、こんな話が浮かんだ。
漫画家、佐藤秀峰氏が今まで見てきた漫画家になれない人たちの言い訳10個
Togetterのほう、あれからコメントが投じられており平常運転だが、まとめブログのコメントを抜き出しておきたい。
49. Posted by 2012年05月05日 04:51 ID:zAP5BLqQ0のび太の「もっとうまくなってから れんしゅうしよう。」って台詞を思い出した51. Posted by オタクな名無しさん 2012年05月05日 08:43 ID:T7S2MzhT0ガッツの名台詞を貼ってやりたい「何十年も修行して達人になってから戦場(ほんばん)に行くのか?気の長げぇ話だな」
103.ほめぞう2012年05月17日 03:36 ▽このコメントに返信トップバナーをクリックすると右側にメニューがすッと表示されるブログサイトを一度だけ見たことがある。あれをすべてのブログサイトがやればいいのに。
画像だけは保存してあるが転載はちょっと…なもので、幾つか素晴らしいサイトの背景を知っているがいざ訪れてみると背景が変更されてたりいろいろ事情があるようで。
YouTubeもバージョンアップしたせいでアカウントの背景を変えちゃった人がいて、紹介しようにもできん。
実名化になれば真っ先に起きる弊害だろうな…そのせいで、ずーっとゲーム関係はスクリーンショット機能でとった画像とか一部のものしか使わなかったんだ。俺が本当に匿名でこの先やっていくならとっくに他の画像をアップロードしてる(転載だろうけど)。
ちなみに画像はあまり所持していない。それはまあ、雑多なものを詰め込んでいた記憶メディアがお陀仏してしまった(誤認識中に新しく上書きしてしまったというのもあるが)のもあるんだけど、実際に画像の重要性を問うた時、やはりその画像を使って解説した記事が価値があるように感じるから、それ単体で価値のある画像というのはなかなかない…インパクトのある画像も検索すれば出てくるぐらいだし。時事ネタも依存したくないので。
YouTubeもバージョンアップしたせいでアカウントの背景を変えちゃった人がいて、紹介しようにもできん。
実名化になれば真っ先に起きる弊害だろうな…そのせいで、ずーっとゲーム関係はスクリーンショット機能でとった画像とか一部のものしか使わなかったんだ。俺が本当に匿名でこの先やっていくならとっくに他の画像をアップロードしてる(転載だろうけど)。
ちなみに画像はあまり所持していない。それはまあ、雑多なものを詰め込んでいた記憶メディアがお陀仏してしまった(誤認識中に新しく上書きしてしまったというのもあるが)のもあるんだけど、実際に画像の重要性を問うた時、やはりその画像を使って解説した記事が価値があるように感じるから、それ単体で価値のある画像というのはなかなかない…インパクトのある画像も検索すれば出てくるぐらいだし。時事ネタも依存したくないので。
(03:54)
May 13, 2012
今回は「夢」がキーワードになってくる。
◇忘れないで下さい
泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ。
シンとザナルカンド ~FF10の構造分析(1)
非常に長く、難しい話なのだが
もう一つの世界、ザナルカンドはどうか。語り好きな爺さんの口から、ゲームに先立って、千年前にザナルカンドとベベルの戦争があり、ザナルカンドが滅亡した事が明らかになる(加害)。夢の世界として召還され続けているザナルカンドに欠けているものは現実だ(欠如)。最後に祈り子たちは夢見る事を止める(欠如の解消)。つまり、「FF10」は魔法物語の基礎的必要最低限の要素は満たしている訳になる。
プレイステーション系のゲームからこの傾向は加速しているように思う…。「FF10」でザナルカンドに与えられた条件は、「ティーダの帰りたがっている場所。」「1000年前戦争で滅亡した廃虚。」「エボン・ジュの究極召喚による夢の世界。」。シンに与えられた条件は、「人間に与えられた罰。罪が消えない限り何度でも復活する。」。究極召喚に与えられた条件は、「シンを倒せる唯一の方法。」「ガードの一人を祈り子として差し出す。」。「探求/条件/付加価値」の流れがお分かりいただけると思う。先程「ドラクエ」がプロップの機能に忠実である、と述べた。対して「FF」は「7」以降、探求の主題を大きく取り上げている。すなわち「自分探し」である。「FF10」はこの究極形だと思うのだ。プレイヤーは「自分(ティーダ)の物語」だと盛んに煽られる。主人公は何者なのか、何処から来たのか、の謎はザナルカンドに辿り着くまで持ち越される。ティーダの条件は、「ザナルカンド(海)から来た少年」「ブリッツのエース」「ユウナのガードで恋人」「夢の産物」。「7から9」までは主人公は自分探しの旅を終えた後、女主人公と結ばれる西洋的(プロップ的)大団円の結末となっていた。「10」では主人公は消えてしまう。聖杯の如く、泡の如く。
そしてどこかのサイトの掲示板で聞いた話も付け加える。長文の引用になってしまったが、ティーダが最後にいる問題の場所は「グレートマザーの子宮の中」ではないかと、わたしは解釈する。ティーダが再生するかどうかは、本人の自我、スピラの人々やユウナの無意識の同一化(だからユウナは最後に「忘れないで下さい」と呼びかけるのだ)、わたしたちゲームのプレイヤーの意志と願いにかかっているのであろう。急上昇と急下降の例は冒頭と最後に如実に表れている。冒頭でティーダはスフィアプールから飛び出す程上昇し、シンの姿を見つける。また、シンに取り込まれた後、私たちが最初に行う動作は下降だ。また、最後ではティーダは飛空挺から飛び下りて、ジェクトの許へ帰る。そして終了時にわたしたちはティーダの急上昇を目にする。もちろん、西洋の物語とユウナにとって、この終焉は納得が行かないものだろう。一応エンディングの続きらしき「永遠のナギ節」で、立ち去った主人公を探しに行く、という挿話が挟まれたのは非常に象徴的だ。この話の続きが語られるならば、プロップの類型によると、ユウナは苦労の末、ティーダと巡り会い、二人は結ばれる大団円が待ち受けているはずである。
だとさ。スピラとは「未来の定まった世界」であり、それを象徴しているのがスフィア盤とCTB。一方、FFX-2では未来が不定で、かつ現在からは干渉することが出来ないので、ATBになっている。スピラの人間には全員にスフィア盤が与えられているようであり、スフィア盤を共有できるのは召喚士一行だけらしい。運命共同体を表すのにはうってつけ。さて、普通にプレイすれば、決まりきったキャラクターが出来上がる。これは一言で言うならば「運命」。
「さあどうする! 今こそ決断する時だ! 死んで楽になるか、生きて悲しみと戦うか! 自分の心で感じたままに物語を動かすときだ!」
35-The Splendid Performance-FFX OST
◇夢よ踊れ ◇ポポローグ
ポポローグはポポロクロイス外伝作であり、この中での「失われた街」はイベントでいける場所の一つである。夢の世界の住人、そしてこれもまた物語に深く関係してくる。
「我が名は夢幻魔王イド。・・・かどうかは定かではない。なぜここに存在するのか、も定かではない。・・・だがなぜか、お前と戦うことだけは、運命のようだ。」
このポポローグという外伝において知恵の王冠とパウロ、夢幻魔王イドが物語の中心であり、クリア後にピエトロの父であり王であるパウロが幼少時代の姿でパーティに賛同できる世界になっている。
ゲームクリア後に訪れる事ができるのは「ポポロクロイスの城下町」くらいであり、セーブデータのタイトルも「ゆめのつづき」となっている。その城下町の近く、クリア後に唯一いけるダンジョンの奥深くにこいつはいる。だが彼は自らがラスボスであるかどうかも、ピエトロとなぜ戦うのか理由もわからない。
決定的なのが、ピエトロもまたその理由を話さない上、こいつを倒してもまたダンジョンに潜れば再度会うことができる。というより、こいつを倒すといわゆる「第二のエンディング」的なエンドロールが始まってしまう。多くのクリア後の隠しボスというのは往々にして戦う理由すら明かさないのがほとんどであり、このボスのように本編に関わる存在の名を口にするかどうかも普通ではありえない。
それこそが、プレイヤーが生み出す「イド」たる由縁なのだろうか。
ローグライクではないにしろこのポポローグを同じ「不思議のダンジョン」と位置づけると、不思議のダンジョンシリーズの主人公達はゲームをクリアしても村やダンジョンにまた戻ってくる。そういう描写は明確に描かれる必要が実際にないが言うまでもなくプレイヤー自身、だ。ちなみにこれは「チョコボの不思議なダンジョン」でも大きく取り上げている。
ED曲「月の魔法 星の夢~夢を彷徨う人へ」の歌詞の一部も貼っておく。
光を取り戻したとき てらすに立つ 愛しい人よ歌に埋もれた 秘密の言葉で伝えましょう時を重ね たどり着いて そっと旅の窓をたたけば語り忘れた物語で 再び幕があがるよ
◇わたしのこと、わすれないでね
・・・・ ・・・・ ・・・・わたしが、カモメだったら・・・・ずっと、とおくへ、とんでいくのにいろんなところへ いって、いろんなひとたちと うたうの「かぜのさかな」に、いのればわたしのおねがい かなうのかしら
ゼルダの伝説 夢をみる島DXプレイしました。
「ともに」というところで、このせりふがリンクではなくプレイヤーに向けて発せられている様な気がしなくもありません。つまり「プレイヤー=夢をみる者」、というか、「このゲーム=プレイヤーのみる夢」という図式を匂わせます。あくまで匂わせる程度で、明確なことは語られませんが。既に幾つかのサイトで説明されているので、あくまで後追いということで重要な部分だけ載せる。
リンクが島に流れ着くまでのグラフィックは普通の絵で表示されているが、リンクが島に打ち上げられている時点で登場人物はドット調の二次元的なキャラクターとして描かれている。つまるところ、ここでリンクが夢に入り込んだ証拠であり、登場人物の絵柄がデフォルメされているのも「夢」として俯瞰しているものだという現れなのだという。エンディングにおいて、再びリンクの一枚絵がデフォルメではなく通常の頭身で描かれているのがわかりやすいだろう。
そしてリンクが各ダンジョンのボスと戦ううち、確かに彼らモンスターは島を荒らしたりダンジョンをねぐらにしたり村に被害を与えているかもしれないが、彼らが自らと島のために戦っている節のセリフや断末魔を聞くことになる。モンスターもまた島の住人であり、彼らにとってリンクはあくまで侵入者でしかない。この作品におけるリンクが必ずしも勇者として描かれているわけではないことを指している。
またこの作品のある解釈によれば、島の住人であるマリンが実はリンクと同じように、外の世界からやってきた住人、つまり風の唄による目覚めの鍵を握っていてもおかしくないとする二次創作も存在する。その場合はマリンが鳥になって羽ばたくエンディングを否定することになるのだが。
Link's Awakening Sword Search Extended.wmv
ちなみにリンクが剣を海岸まで取りに行くまでの間のフィールド曲はこれとなっている。彼が剣を取った瞬間、ある意味で島の住人としてでなくこの世界にとっての敵となるのだから。
だが、ユメは さめるものそれが、しぜんのさだめなのだ。わたしが、めざめると、コホリントじまはきえるだろうしかし、このしまの お も いではげんじつとして、こころにのこる。そして...キミはいつかこのしまを おもいだすだろう。この お も いでこそ、ほんとうのユメのせかいでは、ないだろうか
◇Flowery(フラアリー)
このゲームのトロフィーは詩的な名前が付けられている。
その取得条件も(一部を除けば)遊びながら取る感覚に近い。
中にはゲーム起動から数日間経過してから起動して取れるものもある。
◇風のクロノア door to phantomile
風のクロノアのムービーはPSでも屈指、いや、今まで見たものの中で並ぶものがない。それも、アーカイブスでプレイして最近になっての感想だ…。 ちなみに各ステージは「ヴィジョン」と「シーン」で構成される。この時から既にゲーム中での物語が「夢」であることは示唆されている。 以下、各記事の意見を聞いてみたい。
クロノアの作った世界であっても、その中で生きる人々には独立した意思があり、確かな世界として存在していると思いたいところです。そう、クロノアの住むファントマイルも、誰かの夢が作ったものかもしれないのですから。
ファントマイルは夢ではあってはならない。何故ならそれはプレイヤーが体験した現実だからである。そして現実は現実のままであってはならない。何時かそれが夢になる時があるからである。
話を戻そう。『風のクロノア』が「ゲームとは何か」という疑問の解法を見事に導き出したと言える所以は、エンディングの後のスタッフロールにも如実に現われている。第三段落の文を読んで頂けたなら、もう一度エンディングを見直して欲しい。クロノアが去った後、茜色がかかり始めた空を眺めるヒューポーを映し、画面はフェードアウト。そしてスタッフロールと共に、一冊の本が出てくる。その本にはクロノアとヒューポーの友情物語とも言える二人の出会いから別れまでの一連のストーリーが綴られている。何者かによって右から左へ逆めくり(この本が左から右へとめくられる方が正しい事は、本に描かれている挿絵から窺う事が出来る)されるその本は、スタッフロールが終わると共に表紙を表にして閉じられる。そして表紙の下部には、ゲームを始める前に記入する自分の名前が綴られている。
KLONOA ~Sign of Hero~ver2.0 Re-Uploaded
(19:19)
幾つかのサイトは記事がなくなっていたため、今後において情報を得られなくなることも含め今回は大々的に長文引用することにした。再考版、呪縛シリーズという形でタイトルを付けたが、一応、これらのゲームは作り手からプレイヤーへ意図的に何かを伝えようとしているのは確かだと思う。なお画像を貼り付けている場合は、自分が直接プレイしたアーカイブスのものをPSPから取り込んでいるので他のサイトの画像を使うことはない。
…彼らの言わんとしていることは、自分の手で書いて伝えたいような話でもあった。しかし、それを自分の目で見るまでは自分が望んでいるものかどうか足りえず、そしてまた彼ら先人の物書きの持つ経験や見識を自分のものだと言うには及ばない。ただひとつ、こうやって複数の物書きの視点を集めることが安らぎでもある。
◇プレイヤーが操作し、意味を与えてやらなければ
ゲームはいかにして物語となるか
◇マリオネットの動機、ゲームにおけるエンディングの重要性
けがれなき殺戮者~「影牢~刻命館真章」が挑戦した「悪」
◇私の出会った最高の観客 ◇ミスティックアーク まぼろし劇場
◇serial experiments lain
独在論の誘惑 19:物語は繰り返せない
◇ガープ、大嫌い、ガープ、大好き
七ツ風の島物語 について語る
…彼らの言わんとしていることは、自分の手で書いて伝えたいような話でもあった。しかし、それを自分の目で見るまでは自分が望んでいるものかどうか足りえず、そしてまた彼ら先人の物書きの持つ経験や見識を自分のものだと言うには及ばない。ただひとつ、こうやって複数の物書きの視点を集めることが安らぎでもある。
◇プレイヤーが操作し、意味を与えてやらなければ
ゲームはいかにして物語となるか
プレイヤーとキャラクター
~「パンツァードラグーンツヴァイ」の可能性
「ツヴァイ」の可能性
さて。シューティングゲームの最低条件は「標的を撃ち(落とす)要素が含まれていること」であると理解している(最も単純な見方ではあろうが)。撃つのはプレイヤーであり、キャラクターはプレイヤーの操作に応じて弾を発射する。キャラクターの性格がどうのなどという要因は、シューティングには不要だ。したがって、プレイヤーにはキャラクターをより巧みに操作することが要求される。キャラクターや世界設定はグラフィックやシステムを説明するための背景でしかない。
「パンツァードラグーン(以下「1」)」。セガサターンのシューティングゲームとして95年に発売された。このゲームに対する評判は、セガサターン関連の雑誌を見る限り、システムに関する若干の欠点は指摘されていたものの、概ね好意的であったように思われる。特に独特の世界観、ドラゴンに乗るというアイデア、オープニングデモやステージ間に流れる映像で示される物語の展開。こういった点は「RPGのようにドラマティックな」シューティングと評された。
2作目の「パンツァードラグーン ツヴァイ(以下「2」)」は96年に出た。物語は独立したものであるが、ともに同じ世界観を共有し、少年がドラゴンの背に乗って敵を倒しつつ進むという展開は共通している。「1」と「2」は同じタイプのゲームに見えて、実は大きな違いを秘めているのではないか…これが、今回の主張である。
「1」と「2」の違い。それは世界やキャラクターの設定が「1」では背景に過ぎなかったのに対して「2」ではキャラクター自身の行為の論理にまで設定がなされていることである。「1」において、プロローグやステージ間に流れるムービーは、ゲームの中に一貫した物語をつくりあげているように見えるが、この物語に、通常の物語でいう意味での「主人公」はいない。カイルは、単なる「ドラゴンの乗り手」であり「プレイヤーのかわりに見回して撃つことのできる道具」なのだ。ドラゴンに乗っている人物が「カイル・フリューゲ」でなければならない理由などない。主人公を「たまたまドラゴンに遭遇した賢いサル『ウキ・ウッキー(名前適当)』」にすり替えても、ゲームに変化はないだろう。プレイヤーが操作し、意味を与えてやらなければ、カイルは主人公に、いや、キャラクターにすらなれないのだ。
カイルがどんな人間なのか、ドラゴンを託され、住み慣れた地を後にして旅立つ決意をしたのは何故か。最後に一人空を見上げた時、なにを思ったか。これらはゲームの中では語られない。幾分暗示的な表現はあるにせよ、知らなくてもゲームを進める上での支障はない。重要なのは「ドラゴンに乗って空を飛び、敵を撃つ」というプレイヤーの行為なのだ。「1」において示された世界設定は、プレイヤーの意志を画面内で実行する「主人公」の乗り物が「ドラゴン」であるための説明でしかない。
「2」のランディは違う。彼は自分の選択の動機を自分で語っている。ランディには旅立つ必然性があった。ラギの背に乗って旅を続けるのはランディでなければならなかった。行為するのはランディであり、プレイヤーは操作することでランディの行為をなぞることができる。世界設定はランディが旅していくための背景であり、プレイヤーがゲームを楽しく進めるためだけのものではない。
ランディは「語る」のだ。ランディは自分自身の言葉を持ち、行為を選択する(たとえば、森に逃げ込む)理由を語っている。ランディは少なくとも「翼のある変種を殺せずに育ててしまうような」そして「翼を持つ変種に乗って飛びたがるような」少年である。そして「住んでいた村を滅ぼされ」、「村を襲った旧世紀の兵器を追う」ことは、旅立つというランディの行為に対する、ランディ自身の動機だ。つまりこのゲームは「ランディの物語」として読むことが可能なのである。
「2」の卓越した点は、ランディというキャラクターの存在感を出しつつ、プレイヤーの選択次第では「1」のような「設定を持った道具」としてランディを操作することも可能であるという点だ。エピソード間に語られるランディのモノローグをスキップするだけで、あとはもう、撃墜率とステージクリアを目指すシューティングゲームとなる。
先程述べた、要求されるプレイヤーの態度という点で言えば「1」はプレイヤーに操作を求める。キャラクター自身の物語として読もうとするには、カイルの設定が不明確で、個々の想像で補う必要がある(それはそれで面白いと思う人もいるだろうが)。そして「2」は、プレイヤーに操作を求める一方で、ゲームの世界で展開される物語を読むことも可能になっているのである。操作性の向上に関する様々な工夫があったにせよ、「2」は一見「1」と大した違いがないように見える。だが「2」はシューティングがこの先どのような方向へ進化していくのかということに興味を抱かせてくれるように、私には思えるのだ。
◇マリオネットの動機、ゲームにおけるエンディングの重要性
けがれなき殺戮者~「影牢~刻命館真章」が挑戦した「悪」
前作「刻命館」は、人を罠にかけて殺し、魂を捧げて魔神の復活を目指すという、「悪を演じる」ことが話題を呼んだゲームだった。だが、一見「悪」に見える主人公の行為も正当化することができ、プレイヤーは不当な陰謀への復讐という名のもとに殺戮を重ねて行くことができた。その陰謀さえもが、主人公を館に導くために仕組まれたものであったのだが、少なくとも主人公は「復讐」という意志をもって人を殺していたのであり、それはプレイヤーにとっても理解可能なものであった。一方「影牢」の主人公ミレニアは、幼い頃に永遠の寿命を持って人間を支配している「刻人」にさらわれ、刻人のために「人間狩り」を行なう兵士として育てられた少女である。彼女は人間を殺すことが使命だと教えられているので、館に入り込んだ人間を無心に殺して行く。彼女は、前作の主人公のような明確な意志をもっているわけではなく、育ての母である刻人ヨカルに命令されているという理由だけを殺人の動機としていることになっている。さらにシステム上の変更点として、視点が違う。「刻命館」では、プレイヤーの視点は主人公と同じである。主人公の見た世界がそのままプレイヤーの見た世界になり、したがって、プレイヤーは主人公になりきってプレイすることが求められる部分が大きかった。復讐に燃え、人間を狩る…気がつくと、狩りを楽しむ自分がいる。あるいはまた、糾弾する親友や制止する婚約者に復讐心が揺れ動く自分がいる。そんな「悪役の心」をシミュレートできたゲームが「刻命館」だった。だが「影牢」では、プレイヤーはミレニアの後方から、ミレニアを含む風景を見る。イベントでも、ミレニアの姿を見る事ができる。プレイヤーは、ミレニアのしぐさを第三者として見る。だから、ミレニアが人を狩る動機をプレイヤーが理解する必要もない。逆に言えば、ミレニアの動機がわからないことは、ゲームを進める上で何の障害にもならない、ということである。つまるところ、ミレニアは刻人の「マリオネット」であると同時に、プレイヤーの「マリオネット」でもある。ゲーム中での彼女の意志などどうでもいいのだし、前作のようにプレイヤーを引き込む誘導も必要ないのだ。
実際、ゲームをプレイしている最中は、ミレニアがなぜ人も刻人も殺すのかはわからない(ヨカルの命令、ということだけならば、刻人を殺すはずはなかろう)。それがわかるのは、いずれかのエンディングを見た時である。彼女の動機は、エンディングからさかのぼって決定される。つまり、エンディングを迎えることによって一通りの結実を見た物語が先にあり、ミレニアはその主人公として最後にはめ込まれるのである。だから、エンディングを見てはじめて、ミレニアが殺す理由が判明するのだ。たとえば、殺意を持たない侵入者までもことごとく殺した場合。国王を殺したミレニアに、封印された魔神が語りかける。「おまえもまた、人間を否定しているのだろう?」と。そして魔神の言葉に従い、使い魔として人間狩りを繰り返すミレニア。つまりこれまでの殺戮は、人間(刻人も含む)を否定するがゆえの行為だったことに、この瞬間決まるのだ。今まで隠されていた事実が判明したのではなく、それまで決まっていなかった理由が決められたのである。あるいはまた、実の兄を殺した場合。ミレニアのその後は語られない。彼女がなぜ殺したのかは、決められなかった…つまりミレニアは、意味もなく人を殺していたのである(このパターンの例外として、碑文を入手した人間が逃げおおせた場合がある。この時外の世界では、刻人への信頼がゆらぎ、国王達は追われる身として遺跡に逃げ込み、ミレニアに殺される。ミレニアは結果的に、人間を支援して刻人による支配を終わらせた。彼女はそれを意図したわけではないし、殺すことの意味も遺された者の痛みも知らない。だが、ヨカルの最期を看取ることによってミレニアは「痛み」を知り、一人旅立つのである)。どの場合も、たった一人を逃がすかどうか、という程度の違いで、それまでの殺人の動機すら書き換えられてしまうわけである。ただ、一つだけ例外とも言えるパターンが存在する。ミレニアにとっては、恐らくもっとも平穏な人生へとつながるエンディング。このエンディングに至るためには、二つの問いに答えねばならない。ひとつは序盤、なぜ殺したのかを問われ「しかたがなかった」と答えること、そしてもうひとつは、共に国外でひっそりと暮らそうという兄の申し出に応じることだ。どちらの答えも、人を殺すということを望んでいない時にしか出て来ない。つまりこの分岐のみが、ミレニアの動機が最初からある方向をさしていたことを示す。「人を殺したくはない。でも襲ってくるのだからしかたがない」最初からそう思っていた場合にだけ、このエンディングとなるのだ。これは、「影牢」の中では特異とすら言える。ミレニアの意志が最初から存在していたことを示すエンディングは、このパターンだけなのだ。しかも、その意志とは「殺したくはない」…人を殺すことが目的である「影牢」というゲームそのものを根底から揺るがしかねないものであった。
◇私の出会った最高の観客 ◇ミスティックアーク まぼろし劇場
「なぜ こうも思い通りに 事が運ばないのだ私の考えを 理解していない 役者達のせいばかりとは 思えんが・・・」「7つ目の力は見つからなかったようだな 座長カカシの頭で 考えられるのはこれが せい一杯というわけださあ よけいな物を 探すのは止めてはやく こちらの世界に来るんだ」「待て! これは私のショウだ勝手は許さん!」「だから 私がいるのだお前のショウだからこそなこの子に会うまで お前は何度 絶望した?幾度 楽しい祝日など 終りだと考えた?これからは 私がこの子を楽しませてやろう」
このあとラスボス戦に続くようだが、最後のほうの抜き出しを
「ここは 大人しく 引く事にしよう・・・すぐに また 会えるだろうからねそして これからの人生で何度も会う事になるだろう」
「最後に 少々アクシデントはあったもののこれで私のショウは終りです」
「あなたと もう一人のあなたに 感謝します」
「いつの日か それが なつかしさに変わって行くとしても」
◇serial experiments lain
独在論の誘惑 19:物語は繰り返せない
次に掲げるのはネットで知り合ったRAYさんが書かれたゲーム版の lain についての感想です。普通のゲームがプレイの繰り返しによって望むべき目的に近づくのに対して、lain はそうではなかったようです。かなり長いものですが、そのまま引用させていただきます。
・・・・人は死んだらそれで終り。人ならずとも死んでしまったら其処で全ては終了する。ゲーム版lainのラストで玲音は自殺する。自分の口に拳銃を突っ込んで引金を引く。プレイヤーは玲音の頭がぶっ飛んで静かに血が流れる光景を淡々と見せつけられる。そして物語は終わる。だがラストにこんな会話がある。「終ったよ」「ううん。始まったの。これからずうっと一緒だね」そしてエンディング。玲音は死んだ。それで全てが終った筈である。だがエンディングが流れた後には「continue」「end」の二つの選択肢が表示される。始めてプレイした時はラストがあまりにもショックだった為「あれはきっとバッドエンドだったんだな」「もう一度やれば大丈夫だろう」と思い私は「continue」を選択した。これはゲームなんだから何度でもやり直しがきく。死んだって何度でも「continue」して良い結果の方向性へ進む事が出来る。普通「ゲーム」とはそういうものである。何度も失敗して少しずつ上達する。だが「serial experiments lain」という作品はゲームではなかった。グッドエンドという希望を抱いて「continue」した私の前に現れたのは初回のプレイでは見る事の出来なかった更に凄惨なデータだった。結果初回プレイ時同様2周目でもまた玲音は自殺した。そして再び「continue」「end」の選択肢。ようやく私は恐怖を感じた。初回での玲音の自殺等は「ショック」ではあったが「恐怖感」は抱かなかった。しかし選択肢は淡々と表示されている。それでもまだ見ていないデータはある。まだ私は希望を抱いていたのだろう。再び「continue」を選択する。だがやはり私の前に表示されるのは悪夢のようなデータばかりであった。今までは主に玲音のデータだったが主治医である柊子のデータも増えてきた。プレイを繰り返すうちに玲音自殺エンドの他に柊子死亡エンド(柊子の死に顔は本気で怖い・・よくこんなのSCEのチェック通ったもんだ)等他の悲惨なエンディングも増えてきた。結果何度も「continue」して何度も玲音が死んでプレイヤーが得られるのは更に悲惨な結末だけだった。全てのデータは5回エンディングを迎えれば見る事が出来る。だがそこまでプレイした者は途中で「希望」など抱かなくなっただろう。絶望の中プレイヤーが求めるのはただ「もっと玲音を知りたい」。それだけである。恐怖という感覚すら麻痺し始め何時しか玲音の存在に魅了されていく。「serial experiments lain」という作品はそんな麻薬のような作品だった。このゲーム版lainをプレイする人は大抵アニメ版から入った人が多いと思う。アニメ版ラストでもう一人のレインが「ねぇ玲音。もう一度さ、始めからやり直そうよ?折角リセットしたんだもの。」という問いかけに玲音が「もういいっ!!」と絶叫するシーンは興味深い。それは私が叫びたい事だったのだから。
この書き込みに対して、ゲーム版の lain は ありす のいない lain ではないかという書き込みがありました。私もそう思います。私はゲーム版を知らないのですが、他者のいない物語を繰り返すことは、いかに自己の望みがかな えられたとしても、Unhappy Ending といえるのではないでしょうか。それは、そこには他者の存在を要求する『愛』の感情を満たすことができないからです。
物語をいくら繰り返しても、この自己の記憶の中に繰り返された物語の痕跡が蓄積されて行きます。lain のゲームの中ではプレイを繰り返すにつれてデーターの量が増えているようですが、これは物語を繰り返すことによって自己に刻み付けられた痕跡が増大したこ との結果なのかもしれません。しかし、プレイの繰り返しによっていかにデーターが増大し、プレイヤーがゲームを有利に進めることができたにしても、そこに 出口は見い出されません。現実の世界において他者とつながろうとする『愛』の欲求が満たされなければ決して Happy Ending に至れないように、このゲームも ありす という他者を欠いている以上、残された結末は自殺という形で象徴される自己否定でしかありません。物語を繰り返すことによって自己に蓄積された痕跡は、本 来、現実世界にあるはずの「重さ」を自己の中に積み重ね、プレイヤーの「希望」を押しつぶしながら、プレイする人間を“麻薬のような”力でゲームに引きづ り込んでいるようにさえ思えます。この「重さ」を持った痕跡の蓄積を受け止めることでしか独在論の世界から逃れることはできません。もし自己の記憶を消去してもとの世界にも戻ろうとして も、以前と同じように再び独在論の世界へと迷い込み、同じことを繰り返すだけでしょう。いずれにしても、自己は自己に残された痕跡からは逃れることはでき ないのです。その一方、この積み重ねられていく痕跡は独在論の限界を明らかにし、その誘惑を超えた世界を私たちに指し示してくれます。次回からはこの痕跡 の否定によって独在論が自我そのものを空洞化させていくことについて語っていくことにしましょう。
◇ガープ、大嫌い、ガープ、大好き
七ツ風の島物語 について語る
このゲームの目的は「ある日、黒い風が吹いて、素敵な物語の失われてしまった七ツ風の島の物語をガープが取り戻すこと」なんですね~。早速本を開いてみると、ガープの体験が記録されてますが、うちから出ることができません。木の家には扉の上に顔があり、その名前を答えられないと(だったかな)、うちから出られないんです。答えは図鑑に載ってます。名前、このゲームにおいて、もっとも重要なキーワードです。名前を答えられたところでこの章はおしまい。物語は次なる章へ。
友だちとの出逢いは実は重要な伏線になってまして、ガープは3人に名前をつけてあげることができます。「キスケ」とか「クリオン」はデフォルト。で、3匹目の黄色い子は、気絶していたところをガープが名前を呼んで助けてあげるのですが、「名前のない者は忘れられる。忘れられた者はこの世にいない者」と、実は凄まじく重大なメッセージが隠されているのです。なんで忘れるかな、この子の名前。
ほのぼのとした展開から、ガープが徐々に記憶を取り戻し、全ての原因が自分にあったことを知った時、一緒に空を飛んだ大切な友だちが黒い風という忌まわしい存在に変わり果て、今度は自分の大切な友だち、ともに七ツ風の島に生きる者たちを消し去ろうとしていることを知る。誰もいなくなってしまった七ツ風の島の寂寥感と、黒い塔で一人ずつ放り出される住人たちの名前を呼ぶ時の緊張感(この時、「かんぞうちゃん出てこい」と思ってたらほんとに出てきて嬉しかったなぁ)、最後の最後にリンゴアメに戻った大切な友だちの「ガープ、大嫌い、ガープ、大好き」という言葉の切なさよ。
(16:02)
May 11, 2012
こなたって萌えキャラの中で人気上位何位くらいなの?
4chanのあのマスコットキャラ(らしい?)の、なんでも人体のパーツを足して人造人間のように豪快にするって発想は凄いけど。20. 名無しさん@わんこーる 2012年05月02日 17:37 ID:x5Wbyis30こなたは、「萌えーっ」じゃなくて「またコイツはw」という感じの親近感が売りというか。己の能力に悩むバトル上等のヒロインとか、出自や悩みとか問題を抱いたキャラじゃないから、「面倒くさくない」らき☆すたは「萌えという社会現象を一般人に分かりやすくした作品」だから、「萌えそのもの」ではないんだよな。やる夫ネタ含めて、ジャパニメーションに世界が狂った過去十年で、萌ではなくても無視して語ることは出来ない存在になってしまった。59. 名無しさん@わんこーる 2012年05月09日 19:28 ID:fHy9VoId0キモオタが女の子の着ぐるみ被ったキャラに萌えもクソも面白いとか友達にしたいとかならともかく
60. 名無しさん@わんこーる 2012年05月10日 18:13 ID:sXhIC5Pl0こなたって視聴者が自己投影するための存在だと思う
59. 名無しさん@わんこーる 2012年05月09日 19:28 ID:fHy9VoId0キモオタが女の子の着ぐるみ被ったキャラに萌えもクソも面白いとか友達にしたいとかならともかく60. 名無しさん@わんこーる 2012年05月10日 18:13 ID:sXhIC5Pl0こなたって視聴者が自己投影するための存在だと思う
◇
「パチンコはOKでコンプガチャはダメって意味が分からない」 ネット掲示板炎上
13 名前 : 名無し投稿日:2012年05月09日 23:27 ▼このコメントに返信ガチャ=確率でいいもんもらえるパチ=確率でいいもん(金)もらえるコンプガチャ=確率で貰ったいいもんを7つそろえたらいいもんあげる(なお揃いそうになると確率が激減する模様)違法確定コンプパチ=未知の領域
コンプパチ…おま…そもそもなにを
◇ほれ
佐藤秀峰先生の「今まで見てきた漫画家になれない人たちの言い訳」
こっちのほうなあ、別に漫画家がどうとかはともかく、kanenooto7248さんの言ってる「書き続けて漫画家になれなかった人を知っている。そして彼女は今も書いてる。」ことなんだけど、なんとなく腹が立つのでnexxasさんはどう思うのかって聞きたい。答えはいらない。他のコメントもそんな感じだからどうせ炎上してあれだ…まとめブログのしょうもないコメントに繋がっちまう。でも泥塗っといてやらあ。homezou
佐藤秀峰先生の「漫画家になれる人に共通すること」
書き続けて漫画家になれなかった人を知っている。そして彼女は今も書いてる。らしいkanenooto7248
◇
政府、『強制節電』検討へ
上はともかく、これはどうかなと
放射能パニックからの生還=ある主婦の体験から-自らの差別意識に気づいたことが覚醒の契機に - GEPR
そしてこれですが
大規模停電は「水道が止まる」のとは違います
夏場の電力ピーク時の数時間、製造業は節電のために稼働を止められるのか?現場の人に聞いてみた。
内容?。実はわかっていないんだけども、解説してくれているのはわかる。ただなあ。
いまだに「反原発信仰者」がどうのこうのとか、コメント欄も同じ風潮。案の定、知識があるからそりゃ彼らは説明しに出てきてるわけだけど、なんで反原発の人間が対象になっているのかがわからん。
これ見て思うのよ。前の大学教授もそうだったけど、この人達って自分より下の地位の人間に何か教えるときにいちいち傲慢な態度に出ないと話せないのかって。何かこちらに要求してるのか、崇めろといってるようにしか見えん。
俺っちは端から理解できねーよって開き直ってるので実名で原発推進の皆無の立場をとる気はないのだけど、この人達は技術的なことを含めて話できる人なんでしょ?。なのにいまだに挑発的な発言を入れてるじゃん。
だからね。この人達もひっくるめて実名にしてこいつらが言ってることが誰かさんの利益になっていないかどうかってのもはっきりしようよ。ありえるだろ?。もちろん反原発の基地外も一緒にだぜ。それをやらずに議論に入ってる時点で狂っているんじゃないのか。
大前研一 「さっさと原発動かせよwwwww1回大停電が起きたら、橋下市長の政治生命はジエンドだ」
あれだ。再稼働のデモも普通にあるんだよな…。9:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:37:56.25 ID:ueM9bBi50しかしなんでここまで極端なんだろ?原発を全面OKとは言わんが、その他の火力・水力・その他の発電の整備が終わってから止めるという発想は生まれないもんなのだろうか?36:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:43:31.01 ID:nuA9B2/C0>>9再稼動を許したら、なし崩し的にずるずる引っ張るのが目に見えてるからじゃね52:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:45:28.27 ID:fgGbs1jB0>>9今までの関電の対応を見るに、放っておいても絶対整備しないぞ大株主がケツ叩いてんのにのらりくらりしてんだもん71:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:47:15.51 ID:e7ugsbfg0つまり、"意図的に停電を起こそうとしている"ってことかい?関電単体ではしないだろうけど、どこかから圧力がかかったらやるかもね>>9一回稼動させたら"止めようとしてもすぐには止めれないし、金もかかるから今のままで行きます"スタイルが確定するよ感情論とかはなく、企業としてそうするはず。今原発を続けるか止めるかを選択しないといけない。まあ、俺自身はどっちでもいいんだけど。94:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:49:40.08 ID:bFD0UzGZO>>9原発は物理的にも政治的にも急に止まれないと分かっただろ。特に日本は喉元すぎたら~という感じですぐ忘れる。原発は今止めなければ次の事故が起きるまで止まらないだろう。121:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:52:35.64 ID:QZonfb/q0>>94今原発止めてこの先何十年も石油ジャブジャブ使い続けるの?自然エネルギーが原発の代替になるにはまだまだ時間がかかるよ新しい種をまくことは大事だけど今種撒いてきたから実るまで断食ねってわけにはいかないでしょ153:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:55:55.11 ID:dnjXj5I9O>>121何十年前の話なんだ。現在、石油は沖縄あたりの相当古い発電所ではともかく、火力発電でもほとんど使用されておらず、天然ガスと石炭が燃料となっている。石油に関しては供給量がそこそこ維持されても、需要量からもはや半永久的に高値が続くだろう。だからこそ、内燃機関の使用をできるだけ抑えて、ガスを燃料に供給できる電力をエネルギー源として使う経済システムへシフトしていく必要がある。ということらしい168:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:58:13.29 ID:qp91LhsN0>>153ガスもいずれ枯渇する。本来はいろんなエネルギーを利用してて時間稼ぐのがいいんだけどな。そんな按配じゃなくなってきたね。124:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 07:52:55.18 ID:ekLIUEou0>>94同様に停電で事故が起きるまで能天気に電源のことは考えない根本的な部分は同じだよ246:名無しさん@12周年:2012/05/10(木) 08:04:56.54 ID:m0DdWb440>>9理屈としてはおまえさんが正論だけど現実的には使える設備を遊ばせるのは事業としてはマイナスにこそなれプラスにはならん原子力で飯を食ってる人間は食い扶持を失うだけじゃなく自分のやってきたことそれ自体が否定されたと感じることになるだから基地外に刃物の理屈を振りかざして再稼動を迫る正論だけでは動かないのはしょうがないが自制を求めたいね
「国益」なのか「企業にとって必要不可欠」だからなのか、「病院や生活需要」なのか、ああでもこれが国民にとって政治的な決断を求められてるのかのう、ってさ。
◇
Webトラフィック、モバイルがPCを追い抜く国が続々と出現へ
先進国もスマートフォンやタブレットの普及に伴いインターネット利用のモバイルシフトが始まっているのに、どうして開発途上国が先行しているのだろうか。これは別に意外なことではない。欧米の先進国ではPCインターネットが幅広く定着していたのに対し、開発途上国ではPCインターネットが欧米のように普及する前に安価なケータイが現れたからである。つまりPCインターネット時代が大きく開花しないで、事実上バイパスする形で、モバイルインターネット時代を迎えようとしているのである。なんかすごいっすね
◇なんでTogetterに書き込んでしまうん?
ネット実名派が本当に求めているのは相手の脆弱性
長くてごめんなさい
リアルとしての人間関係を突き止め弱みを握って相手の発言を封じる場合もあるだろうけど、 なぜ物理的な嫌がらせが想像されてしまうのか。「弱みを握る」とは何を指すかによる。 議論や話し合いの最中にどちらがマシなことを言えているか、内容的に大方決着が付いているならば わざわざ相手に実名を要求する手間をかける必要がない。今時はそれほど実名は重視されていない。homezou相手が悪意のある人間ならそれを証明でき周囲を納得させられる状況を作り出せることができるのならわかる。 俺は本当に嫌な相手にのみ実名を強要し、かつ最終手段として個もさらけ出す気でいる。 話の内容を明確にした上で相手に悪意があるならば、相手のリアルでの立場をなくしそれを確認するまでが 一つの帰結点だと自分は考えているスタンスなので、そんな人は滅多に探すもんでもないし今のところいない。homezouただし相手を追い込むために実名を強要するならば、それは議論ありきの実名論でなく、俺が排除したいのは匿名性ではなく明確な「悪意」 だと言っておきます。その人の行為を咎めるためにリスクを与えるのであり、その相手の人間性をどうこうするのは周囲とその後の経過に任せる、 という形。homezouあまりにも度を逸した人間をすぐに実名特定できる手段の一つくらいあっても おかしくはなかろう。それが嫌ならいつか誰かに攻撃されてもヘラヘラ笑うか黙って過ごしてればいい。 自分の言っていることが正しいと思うんなら、所属する先に電話がかかってこようがいいじゃまいか。 そして、もっと開かれた所で(実名でも匿名でもいい)相手の言い分と、自分の言い分を多くの人に見てもらおうじゃないか。 弱みを握られてハイすみませんでした、っていうくらいなら最初から何もつぶやかないのか?。homezouいい加減なことに、「将来実名でやるつもりでいうから今はこんな平気なことも言えてんのかなー?」 って人がこのツイッターのコメント欄にもいるってっこと。でもそういう人って微妙な発言…過去漁ったらみっともない大人のような発言は そこそこ出てくるんだが、正直にそこを責めたらその人は今すぐネットから消えるのか?って話(脱線気味)。 (ものにもよるが)そんな事は事実上ありえんし、推奨もされないよね(でも…と考える者の一人)。homezouそれ以前にどこのどないも知らん人間に、匿名だからってその周囲の「空気」まで作られるのはかなわんわ。 匿名掲示板は匿名らしく、実名者を攻撃するときだけリスク負ったらいいんでねえの?。告発とかは例外で。 先のコメントで出ている「「お前も匿名でやれよ」ではまったく解決しないわけで」を言ってやりたいのう。homezou本当に卑怯なのは自分の所在を明らかにした上で自分のことを弁明もしねえ野郎だ。 何が間違っているのか、それを見極める覚悟がないのか、面倒くさいと思っているのか、 突っ込まれるのが嫌なだけなのか、自分を変える気がない人間ばかりじゃないのかと感じる。 …それいったらあたしゃ同じ口ってか。うへえ。homezou社会的地位とその議論のお題が深く関係するなら証明は必要だが、 ほとんどのネットのダベりあいにそれが必要だったか?。それが役に立ったのか?。 俺がほめぞうという輩を維持しようとしているのは、いつかそれが役に立つと考えているから。 社会的地位に縛られない存在を、匿名という形でもないが、どこかに作っておきたいから。 そこで、ほめぞうの定義を、ある程度自分が知りうる情報がどこまで今の世の中の情報と区別できるか、 それをやるためにブログをやり続けた。ほめぞうであって、ほめぞうでない。homezoupririn_ 4さんを指して言うわけではないがこの発言「実名派の方は、実名で利害がプラスに働く職業の方が多いし」には、 だからそれで発言を吟味されて干されてる人は出てるでしょ?。homezouさらに考えたんですが一つ。実名者であっても匿名で発言できる場もあれば、片方で実名をやりつつ片方で匿名になりすますこともできてしまうため、実名論をを振りかざす際には完全にすべてのユーザーが匿名で発言できないようにするべし、と思われているのではないだろうか。homezou二つ目。これは私の本心ということで。メディアに「〇〇の匿名掲示板から逮捕者が」と取り上げられても、そんなニュースは芝居にしか見えない。メディアがまともにネットの暗部なんて扱ったことなんてないからだ。危険であるが、自分の身の回りにいる奴を晒したいという感情が強くなる。逮捕された匿名者たちの人間性の分析の一つでもないのかよと。homezou三つ目。相手が匿名であるがゆえに非を問うことができない。そして仮に、実名でも平気でバカ騒ぎするような人は手の付け所がない。「匿名の相手にも相応のリスクを負ってもらう」ことができない。ならば実名を強要するよりこちらから打って出て、気に食わない匿名者を非合法に特定していく他あるまい。こうして、2ちゃんねるの特定騒動のようなものができあがっていくのだろうか。homezou結論は求めてないんだ。実名も匿名もクソ食らえだ。ただ、人を食い物にする人間の一人でも道連れにしてやりたい世代はおそらく俺以外にたくさんいるはずだ(道連れという言い方に含みがあるけど)。ネットの黎明期を紡いだ上の世代にはわからん感情を抱えた人間たちが、いつか一気に現れる日が出てくると思う。その時は…homezou「実名も匿名もクソ食らえだ。」をさらにクソミソにすると、「どうせ今まで匿名でも放置されてきたじゃないか。じゃあ実名でふざけてる野郎も今まで以上に叩いてやって、その上で匿名もこの際期間限定で実名にしてこの社会のオープンな姿をさらけ出そうぜ」って狂人めいたことを言いたくなる。どうやるか、そもそもやれるのか、それは置いといて賛同者はいるんだろうか。homezou
(02:47)
May 10, 2012
ツイッターでダラダラ垂れ流すための煩悩も溜まってきたし適当なところでつぶやく。PCのメールもある程度たまるまで起動すらしてないので少し反省してから見るぞい。
◇
「無駄にならない」 オリンピック出場消滅の猫ひろし、コメント発表
それよりも新規約になってるってのが気になる。今回のがあまりにもだから、いわゆる「流し」「渡り」かなんだか、それに対処していこうって感じなのだろうか。
出身地がどうこうよりも、国が、企業のように選手のスポンサーになるという手前みたいなもんでもいいと思うがのう。あーと、猫ひろしの件とは別にして。
◇
現在放映中のポケットモンスターベストウイッシュ。
OPが凄い。モノクロ、原色というか、最初の頃のポケモンのそれに近い。
ゲームが原作のアニメはろくものがない
ちなみにペルソナ4で気になっていた話。
失敗かどうかは別として
◇FM TOWNS版 VIEWPOINT
これってSTGの記事に入れるべきなのか。悩んだんだ。
昔のゲームのイメージってそれ単体で記事になりそうだから。
◇
【ゲハ】 俺達ですらわかる事をなぜソニーはわからないのか
◇オンラインゲーム研究日誌のある記事がやたらコメントついてるが
ゲーム屋のあるべき道
実はまだ記事を見ていない。
ただ、この人の話はコメント欄も含めて見るべきで、前々から幾つか個人的に気になる部分のメモを取っておいた。でも人のブログの記事だし、かといってあの話がどうしても頭から離れない。いずれ触れようと思う。
あと
余波が押し寄せてくる
実際はそうなるまでに市場もユーザーもいなくなっているかもしれないけど…これも、機会の問題なんだろうか。
金を払ってもプレイヤーはゲームをうまくこなす腕を買うことはできない。しかし、そのうまくこなすためのコツなら金で買える。こういったところか。じゃあ結果があればそれを情報として買いたい。それもアリか。
ただ、そうなると誰もがコレクターになって、その情報の価値は一律になる。どれだけ「レア」だと囃し立てても、レアにお目にかかる確率をアップするよう金を払わせれば詐欺だと言われ、それでレアを引くことができなくても「運だ」と言い逃れできるのでこれも詐欺だ、と罵られよう。
「買う」ということに対しては金を落とせば誰でも結果は同じだが、その先にランダム性がほんの少しあって、それを射幸心として煽るというのなら、それで煽られる側を見ている側としてもたまったものではない。
…なんか記事に書いといたほうがよさげな寝る前の煩悩。
◇
「ガチな鬱病の人」と「病んでる自分に酔ってる奴」ってどう違うの?
というよりうつ病とうつでわけたとしても、多くの人はそこまで明確な定義を知っているわけでもない、というのがどうせ本心だろ。違うのか?。
だからな。
前から言わないほうがいいと思っていたことだが、ネットで最強で最弱のやつって自分のことを惜しげもなく言えるやつだと思うんよ。そりゃSNSなんかで自分語りして個人情報垂れ流し気味がどうのこうの、とかイメージはあるけどな、自分のことを言えるやつはまだ周囲に助けを求めることができる場合もあるだろ。
それすら弱っている人間もいるかもしれんしな。あとは、そうやって周りに自分のことを伝えておいて、安心しておかしくなるひともいるのかもしれない…もううつがどうのこうのなんて話じゃねーな。
◇鉄拳 「10年前の忙しい頃の再来みたいに忙しくなった」
鉄拳パラパラマンガ「振り子」 オリジナルバージョン
あと記事毎にクリップやらブックマークやら「いいね!」ボタンの追加がされてますが、こちらが記事を再編集するとリセットされる模様。やっちまったぜ。まあいいや。
◇
「無駄にならない」 オリンピック出場消滅の猫ひろし、コメント発表
それよりも新規約になってるってのが気になる。今回のがあまりにもだから、いわゆる
出身地がどうこうよりも、国が、企業のように選手のスポンサーになるという手前みたいなもんでもいいと思うがのう。あーと、猫ひろしの件とは別にして。
◇
現在放映中のポケットモンスターベストウイッシュ。
OPが凄い。モノクロ、原色というか、最初の頃のポケモンのそれに近い。
ゲームが原作のアニメはろくものがない
135 :名無しさん必死だな投稿日:2012/05/04(金) 11:12:13.92 ID:+ezmcOAx0 [1/3]ポケモン以外は全部木端だろあそこまで長く続いているゲームもののアニメはないゲームとアニメの関係がシステム化しており完全に連動しているお互いがお互いにフィードバックされるゲームからアニメに入れるようにもアニメからゲームに入れるようにもなっている
ちなみにペルソナ4で気になっていた話。
それまでのアニメではあまり見かけなかったものとして、P4はゲーム版を意識してるのがモロ見えだった。CM入り前のカットで主人公のステータス画面、カレンダーによる日時移動、主人公が老若男女をたらし込む回のある種の「コミュイベント」とおもわれる構成、最終においてペルソナ合体のブーストでメガテン時代の絵柄なんじゃないかと匂わせるペルソナが上級魔として現れる描写、そして…特別出演(故人)としてゲーム版でイゴールの声をそのままアニメにあてること…。これらをして、やれオタクに媚びねばならんだのキャラクターがかわいいだの、少々見るべき点が違うんじゃねーか、ってさ。
失敗かどうかは別として
141 名前:オレオレ!オレだよ、名無しだよ!! 投稿日:2012/05/05(土) 00:02:55 ID:PNINTENDOのあくまでゲーム機ではなくおもちゃであろうとするところは尊敬する
39. ななしさん 2012年05月09日 03:59うるせぇ!スーパースコープぶち込むぞ!!
◇FM TOWNS版 VIEWPOINT
これってSTGの記事に入れるべきなのか。悩んだんだ。
昔のゲームのイメージってそれ単体で記事になりそうだから。
◇
【ゲハ】 俺達ですらわかる事をなぜソニーはわからないのか
これだと思う。120 名前: 名無しゲーマーさん 2012年04月30日 19:54 返信する>>110Vitaはまだ途上ハードでしょ。パッケージ販売だとサードに負担がかかるから少しずつDL販売に移行しようってのがVitaしかもPSSuiteでユーザーのアプリを動かすこともできる。まぁ、ある程度は今年でそろえてくるでしょ。E3に期待だね。
◇オンラインゲーム研究日誌のある記事がやたらコメントついてるが
ゲーム屋のあるべき道
実はまだ記事を見ていない。
ただ、この人の話はコメント欄も含めて見るべきで、前々から幾つか個人的に気になる部分のメモを取っておいた。でも人のブログの記事だし、かといってあの話がどうしても頭から離れない。いずれ触れようと思う。
あと
余波が押し寄せてくる
モノの価値は誰がつけるのか。適正な価値はどこにあるのか。それが明白でないから、ここが終着点だと行き着くところまで人は追い求める。だけど、いずれ本当にそれを欲しい人達が技術的なものも含め、そのへんを見極めてくれることを願う。58. Posted by ほめぞう 2012年05月10日 02:16以前からの感覚ですと、商売上、棲み分けができているなら「なんでこんなものに金を払うんだ」ということに対して自分はケチはつけない(自分が金を払うわけではないから)。ただし「これが時代の選択である」と表に出て威張ったらさすがに腹が立つ(たかだか数年の間に普及したソーシャルという物の価値観で図られるのは嫌だから)。でもそれって、バカにも程があるユーザーに「本当に面白い」ゲームが届いてないってことの裏返しじゃないのかと。だから、無料でプレイできるものならもっといいものを普及させてユーザーが求めるものを底上げしてからだと思う。結局、似たようなものの中で永続的に商売を続けることじゃないか、ってことしか感じられません。
実際はそうなるまでに市場もユーザーもいなくなっているかもしれないけど…これも、機会の問題なんだろうか。
金を払ってもプレイヤーはゲームをうまくこなす腕を買うことはできない。しかし、そのうまくこなすためのコツなら金で買える。こういったところか。じゃあ結果があればそれを情報として買いたい。それもアリか。
ただ、そうなると誰もがコレクターになって、その情報の価値は一律になる。どれだけ「レア」だと囃し立てても、レアにお目にかかる確率をアップするよう金を払わせれば詐欺だと言われ、それでレアを引くことができなくても「運だ」と言い逃れできるのでこれも詐欺だ、と罵られよう。
「買う」ということに対しては金を落とせば誰でも結果は同じだが、その先にランダム性がほんの少しあって、それを射幸心として煽るというのなら、それで煽られる側を見ている側としてもたまったものではない。
…なんか記事に書いといたほうがよさげな寝る前の煩悩。
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「ガチな鬱病の人」と「病んでる自分に酔ってる奴」ってどう違うの?
家庭に問題がある人、自分に問題がある人、周囲に問題がある人、それぞれだろう。だからこそ、うつ病を一括りにはできない。俺はこの手の話題がクソみたいに湧いてくるネット社会に興味がある。自称鬱ではなくある程度の実生活情報がわかっているなら、その人物を中心に検証すればいいからだ。そういう意味では本当にネットで己をさらけ出せる人間はそうそういるものだろうか。鬱であるということはどういうことか。こうやって周りから決められるのか。ならば自らの手で自分たちの世界を作るべきだ。俺はそう思っている。くだらんことに定義されるくらいなら、そうあるべきだと。鬱の定義以前にその人となりに問題があること。苦しいという感覚を認めるか認めないか。それを自覚するかしないか、認証するかしないか。「死」まで追いやらなければ診断されないのか。その人が解決したいと思っていたことは何だったのか。まだ続く。その人は誰かに助けを求めようとしたか、拒んだか。求めても助けになってくれる人はいたか、いないか。そうした環境が欝を取り巻く個人を左右する。「見えない何か」という障害をその人にも、周囲の人にも見えるようにする。その助けを求めることからが一番だと思う。俺のように「ならば自らの手で自分たちの世界を作るべきだ。」なんて言うような人間にならないように…。[ 2012/04/30 03:39 ] ほめぞう
というよりうつ病とうつでわけたとしても、多くの人はそこまで明確な定義を知っているわけでもない、というのがどうせ本心だろ。違うのか?。
だからな。
前から言わないほうがいいと思っていたことだが、ネットで最強で最弱のやつって自分のことを惜しげもなく言えるやつだと思うんよ。そりゃSNSなんかで自分語りして個人情報垂れ流し気味がどうのこうの、とかイメージはあるけどな、自分のことを言えるやつはまだ周囲に助けを求めることができる場合もあるだろ。
それすら弱っている人間もいるかもしれんしな。あとは、そうやって周りに自分のことを伝えておいて、安心しておかしくなるひともいるのかもしれない…もううつがどうのこうのなんて話じゃねーな。
ウソでもホントでもいいから死を実行に移す前に、ダメもとでいいから病院に行ってクスリもらって来いよ体が動かないんだろうけど電話してみろ、電話で事前に予約する病院が多いからね病院はおまいらみたいな奴をかなりしってるから落ち着いて電話で用件を話せよ予約したらとりあえず初診の日まで生きてみろ そのくらい死ぬの先延ばしてもいいだろ[ 2012/05/01 00:15 ] 上位ランカー
◇鉄拳 「10年前の忙しい頃の再来みたいに忙しくなった」
鉄拳パラパラマンガ「振り子」 オリジナルバージョン
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